サイレント・マーメイド

BACK NEXT TOP


6話:人魚姫とおしゃべり好き



そんなある日のことです。


ソフィアがスオウをお供に、領主である父親のところに出かけることになりました。戻ってくるのが3日後と聞いて、マリンはその場で小躍りしました。
だってスオウときたらリカルド王子とお話しするのを何かと邪魔をするし、こまごまとしたことでいちいち口やかましいのです。これで好きなことをゆっくりできるわ、と嬉しさのあまり飛び跳ねていたらスオウが呆れたような目線をむけてきました。

そうしてソフィアとスオウは出かけていきました。マリンはスオウの代わりに料理をするメイド長の手伝いをしておりましたが、リカルド王子の姿を見ていつものようにぱっと駆け寄りました。
王子はいつものように優しくマリンに話しかけてくれました。今日はスオウのやつもいないのでゆっくりお話しできるわ。そう思っておりましたが、しばらくするとなにやら奇妙なこころもちになってしまったので、結局マリンはすぐにリカルド王子と別れて台所に戻ってきました。

「あれあれ、もう戻ってきたのかい。せっかく王子様とお話しできる機会なのに」

おしゃべる好きのメイド長はそういってほがらかに笑いました。マリンがリカルド王子のことが大好きであるということは、すでにこの城の全員が周知の事柄なのでした。
マリンは首を振って、いつものようにじゃがいもの皮むきにとりかかりました。


そうして3日が過ぎました。
スオウが居ないので好きなことができる、と飛び跳ねていたマリンでしたが、結局のところいつものような生活を送っておりました。それどころが静かにおとなしく、むしろ傍から見るとしょんぼりとして過ごしておりました。

「おやおや、なんだか元気ないねえ。スオウさんがいないから寂しくなっちまったのかい」

メイド長がそういって笑ったので、マリンは目を丸くしました。

「あんたが懐くのも無理はないさ。スオウさんは無口だけどいろいろなことに心配りできるひとだからね。それこそちょっと気持ち悪いくらいにね。だけどあんたは口がきけないから相当スオウさんに助けられてきただろう」

そういわれてマリンは少しの間考えこんでおりましたが、やがてちいさく頷きました。
年かさのメイド長はそんなマリンを見ながらぺらぺらと続けました。

「スオウさんはいい男なんだけどねえ、さっきも言った通り妙に察しが良すぎるからなかなか女の子にもてないのさ。ときどきなんでもかんでも見透かされてる気分になるというかね……。あの黒い目のせいでそんな気分になるのかねえ。東の国の人間はみんなあんな目をしているのかね」

そこでマリンは、その大陸の東の果てには小さな島があること。そこにはスオウのような黄色い肌の、まったく違う風習を持つ人間たちが住んでいることを知りました。
おしゃべり好きというのはしっかり話を聞いてくれる相手が一番好きなものです。この場合、マリンは非常に良い聞き手でした。一生懸命話を聞いてくれるマリンにメイド長の口はいつも以上にくるくるとよく回りました。


「スオウさんはねえ、ほんの小さいころにこの国の奴隷市場で売られていたそうなんだよ。奴隷狩りにでもあったのかね。なんでもぼろぼろで、死んじまう寸前だったらしい。それをまだお小さかったソフィア様がお助けになられたのさ。ソフィア様というのは本当によくできたお嬢様だからねえ。スオウさんにリカルド王子にお前、みんなソフィア様に助けられたんだ。感謝しないといけないよ」


そうして3日目の夕方にソフィアとスオウは戻ってきました。
屋敷の門の影に座っていたマリンは、帰ってきたふたりを見つけてなにやら妙な気持ちになりました。それは自分でももてあますような、なんとも表現しがたい気持ちでした。

3日とはいえ馬車での慣れない旅路でソフィアは疲れているようでした。スオウはそれを気遣いながらソフィアに手を貸しゆっくりと歩いておりましたが、門に出てきたリカルド王子にソフィアを託すとよくよく聞いてみてやっとわかるような、それでいて心のすべてを差し出したような優しい声音を出しました。

「ではソフィア様、ゆっくりお休み下さいませ」
「ええ。ありがとうスオウ」


そうして屋敷の中へ消えてゆくふたりを見ているスオウをマリンは見ていました。せっかくリカルド王子が居たのに、スオウばかりを見ていました。
けれどスオウはソフィアを見ていました。
マリンは何故だかしょんぼりとしました。何故だかはわかりません。

「何してるんだ、お前」

気が付くと、座り込んでいるマリンの傍にスオウが立っていました。マリンは鬱蒼と立っているスオウの姿を見上げました。
相変わらずちっとも格好良くはありません。素敵でもありません。

「……お前はあいかわらずだな」

スオウはちいさく苦笑しました。
しかしすぐに「ほら仕事に行くぞ」とマリンの頭を一つ叩くと、さっさと厨房に向かって歩いていきました。

思わずマリンは頬を膨らませます。
しかしすぐに立ち上がるとスオウの後を追うのでした。





BACK NEXT TOP


Copyright(c) 2012 tama all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-