魔女と使い魔

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ボロ家で生活はじめA


(3)

 魔女の家は深い深い森の奥にあるようでした。小屋の周りは鬱蒼とした木々が茂り、あたりの音と言えば風の音と獣の声ばかりでありました。道と言う道はなく、あるのは獣の通るほそい道ばかり。今や空を飛ぶこともできないレイヴンはその道をしばらく歩いてはひとつの小川をみつけました。
 そうして小川を拠点にたくさんの魚を捕らえることができました。それに満足していたレイヴンはしかし、ずぶぬれになった自分の顔が小川にうつりこむのを見て思わず顔をしかめました。
 うすうす気づいてはいたのですが、レイヴンの姿は大きく変わっておりました。いえ、元に戻ったというべきでしょうか。髪は白銀に虹をちりばめたようなものではなく、子供の頃のようなみじめな赤毛に戻っていました。なめらかな小麦色の肌に輝いていた紋様はすべて消え失せ、背にあった漆黒の二翼もなくなっておりました。
 水面に映るのは二十を少しこえたばかりの、赤毛に琥珀色の瞳を持つ大柄な男の姿でした。力のほとんどを失った、それはただの青年の姿でした。

「畜生」

 レイヴンはぎりぎりとつぶやきました。あの白い髪の魔女が何かをしたのでしょう。魔女が自分のことを恨み、妬み、心底嫌っていることはレイヴンにもわかります。しかしそれは今の彼だって同じでした。どうしてこんなめにあうのだと怒りが湧きあがります。

しかし今の彼には魔女の命を狙うことも、魔女の命令に逆らうことも、何もできないのでした。

 苛々しながら魚を入れた袋を持って小屋に戻ります。そこで拾ってきた薪を使って魚を焼きました。食欲をそそる良い匂いがあたりを包みます。
こんがりとおいしそうに焼けた魚を持って、レイヴンは魔女の前に立ちました。

「おい、クソ魔女」

 本ばかりに目を落としていた魔女が顔をあげます。紅茶色の瞳がレイヴンの手にしていた魚をうつすのを見て、レイヴンはにっこりと笑いました。

「魚だ。うまそうだろう」
「そうだね」

 魔女がこっくりと頷きます。レイヴンはそれをみとめるやいなや、自分の口元に魚を持ってくると、それをむしゃむしゃと食べてしまいました。

「はっはっは。どうだクソ魔女、ざまあみろ」
「…………」
「お前には一匹もやらんからな!」
「…………」

 くやしいだろう、くやしいだろう。
レイヴンはにやにやと魔女を見下ろしながらそう思いました。しかしそう思いきや、魔女はむしろ呆れたようにレイヴンを見ているだけなのでした。
 


(4)


 カビパンが底をついたのはその二日後のことでした。パンの保存袋を覗いた魔女を見てレイヴンはざまあみろと思いましたが、自分もパンを食べれないということに気づいて焦りました。魚や獣を毎日獲ってくるという作業は、実のところ生きていくうえで効率が悪かったのです。せめて、保存方法を知っていれば別なのかもしれませんが。
 
魔女はしばらくパン袋を覗いておりましたが、すぐに読みかけの本のところに戻ると何事もなかったかのように読み始めました。

「お、おい、買いに行かないのかよ」

 おおいに慌てたレイヴンが声をかけると、魔女はうんと頷きました。

「パンなどなくても水だけで数日間は生きていられる……」
「冗談じゃねえぞ!」
「めんどうくさい」

 レイヴンはいらいらと魔女をみやりました。

「美味いものを食べなくてお前はいったい何が楽しくて生きているんだ」

 そういうと、魔女はあきらかに機嫌を損ねたようでした。目覚めたときに見た恐ろしく冷たい瞳でじろりとレイヴンを睨みます。

「……お前が言うな」

 それは怒りを存分に含んだものでしたので、レイヴンはびっくりしました。魚を目の前でこれみよがしに食べたときにだって怒らなかった魔女ですのに、どうしたことでしょう。
 レイヴンは頭にはめられた輪が激痛を与えてくるのではないかと身構えたのですが、魔女はふいと目をそらすと襤褸布にまるまってあっさりと寝てしまいました。


 
 レイヴンはいつ魔女の怒りが爆発しないかとひやひやしていたのですが、当の魔女といったら次の日にはもうけろりとしているようでした。宣言どおり水しか飲まず、静かに本を読んでいます。

 レイヴンは魚を焼きながらも、魔女の様子が気になって仕方がありませんでした。とはいえ獲ってきた魚をわけてやる気にはなりません。それなのになんだかひとりで魚を食べているとそわそわとした気分になるのでした。もちろんざまあみろとも思っているのですが、どうやらそれだけではないようでした。

 そんな3日後、ふいに本から顔を上げた魔女があっさりと言いました。


「……おなかがすいた」

 






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