魔女と使い魔

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ぼろ家で生活はじめ@



(1)

 レイヴンという名を付けられた男は苛々としておりました。しかしいくら苛々したところで目覚める前までのようにそれを宥めてくれる相手はおらず、気を使ってくれるような相手はこの場にはどこにもおりませんでした。

 レイヴンが居るのは古びた丸太小屋の一室でした。あまりの狭さにこれは監禁かと思ったのですがそうではないことはすぐにわかりました。自分を目覚めさせた魔女はこの部屋に入るなり隅っこの水がめから柄杓で水を飲み、そのまま部屋の隅っこに寝ころんだかと思うと、そのままぐうぐうと眠ってしまったからでした。それはあまりにもこの場で生活することに慣れたしぐさだったのです。
 レイヴンは魔女を叩き起こそうとしました。問いただしたいことがたくさんあったからです。彼には過去の記憶はありましたが現在の状況はちっともわかりませんでした。しかもわけのわからない輪っかまで頭につけられて自分の行動を制限してしまうなんてどういうことなのでしょう。
 しかしそれは叶いませんでした。レイヴンが魔女に向かって力を使おうとすると、頭にはめられた輪っかがぎゅうぎゅうと小さくなり、頭の骨を砕かんばかりの激痛を彼に与えるからでした。
 苛々しながら床を蹴り、外に出ようとするとやはり輪っかが激痛を与えてきました。ぎゃあと叫んでもがいていると、魔女がいかにも不機嫌そうに半目をあけました。そうしてレイヴンをじろりと見やるとこう言いました。

「お前は私の使い魔なんだから私を傷つけられないのは当たり前のことだ。あらゆる行動にも私の許しがいるのも当たり前のことだ」
「なんだと。どうして俺がお前なんぞの下僕にならなきゃならないんだ。俺はそんなこと許した覚えはない」
「うるさいレイヴン。口を閉じろ」

 激昂する彼に向かって魔女は言いました。それはひどく軽い物言いでしたが、ちからとしては強いものをもっておりました。それは名と言うちからでした。彼は「レイヴン」と名付けられ、そうしてそれはこの世の理になってしまっていたのです。
 名前とともに伝えられた言葉は命令でした。それは「使い魔」である彼にとっては逆らえないほどの効力を宿しておりました。
 だからレイヴンもこめかみに血管を浮き上がらせながらも「口を閉じ」ました。魔女はそんなレイブンをうろんにみつめます。そうして言いました。

「私だってこんなことはしたくないんだ。お前が悪い。お前が悪いからこうなったんだ」

 魔女はひどく不機嫌そうな口調でこうつぶやくと、側にあった襤褸布をかぶって寝てしまいました。



(2)


 この家は汚い。


 どうやら本当にこの小屋にすみつくしかない。どうにかならないかと幾日か暴れたレイヴンが、嫌々ながらも腹をくくってからの感想はそういうものでした。
 乱雑に散らばり、適当に積み重ねられている大量の本。あらゆるところに降り積もった埃。食べ物の滓。なにかを書き連ねては破られた紙きれ。それはこの狭い部屋の大半を占めておりましたが、その隙間で器用に眠る魔女はなんとも思っていないようでした。
 腹が減ったというと、カビが生えかけの固いパンをなげてよこしてきました。魔女自身も食事らしきものはパンと水しか口にしていないので、レイヴンに対する嫌がらせというわけではないようでした。かまどに火がともることは一度もなく、魔女は一日中本を読んでは申し訳程度に食事をとり、井戸水で簡潔に行水をし、そうして寝ている生活を繰り返しているようでした。

 レイヴンは魔女と話すと苛々するのでその存在を無視することに決め、部屋の隅でむっつりとしておりました。
しかしそのような生活を続けるうち、やがてその鬱憤が大爆発してしまいました。

「お前はどうして汚い部屋にいてなにも感じないんだ。毎日の食事がかたいカビパンと水だけでなんとも思わないんだ。掃除と料理はちゃんとするべきだ」
「うるさいなあ」

 魔女は本のページをめくりながら、レイヴンをちらりとも見ずに言いました。

「私はなんとも思わないのだからいいじゃないか。カビパンだってカビのところだけ削ればいいだろう。気になるなら掃除でも料理でも勝手にすればいい」
「ああ、なら勝手にしてやる」


 魔女の許可を得たレイヴンがはじめにしたことは大掃除でした。何故なら、料理をするにも材料の場所も薪の場所もガラクタに埋もれてわからなかったからでした。掃除などはるか昔にさせられていたことがあっただけでしたが、身体はちゃんとおぼえているようでしたので、案外てきぱきと行うことができました。

 本を触ると魔女が怒るので、魔女と本を外の日陰に運んでおいて、丸太小屋の中をぴかぴかに磨き上げました。途中でじゃがいもと小麦粉の箱をみつけましたが、じゃがいもはひからびて芽が出てしまっているし、小麦粉はしっとりとしている上に、緑色のものがびっしりと生えていたので捨てることにしました。どうやら食料はいつかまとめて買い出しに行かねばならないようでした。
薪はほとんどみつかりませんでした。どうやら使い切ってしまってからは面倒くさくて湯もわかしていないということでした。スープなどいらん、水で十分だと魔女は言いましたが、薪も集めてこなければならないとレイヴンは強く思いました。
 魔女が毛布代わりに使っている襤褸布や脱ぎ散らかしていた黒服や外套は、これでもかというほどぴかぴかに洗濯して太陽の下に干してやりました。

 そうしてレイヴンが丸三日かけて掃除した小屋は狭いながらも案外住み心地の良い空間になっておりました。

「ほら、掃除したほうがいいだろうが」

 レイヴンが胸をはりながらそういうと、魔女はほかほかになった襤褸布にくるまりながら、少し広くなった空間に寝ころんで「はいはい」と生返事をするのでした。






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