「ラブ・パレード47」

<前夜W>







「吾郎…」



白いぼんやりとした空間。
発せられた声はやんわりと反響する。
吾郎はのろのろと視線をあげる。
そうしてその先に「居るはずのない」人物を認めて瞳を見開いた。
そこには少女が立っていた。
幾分と赤黒いものに汚れた制服姿。
事故に遭い、今は手術中であるはずの少女。

吾郎は呆然とした。
呼吸をすることすらできずに立ち尽くす。
薄暗い照明では少女の表情は見えなかった。
これは幻だろうか。
ぼんやりと思う。
名前を呼びたいのに声さえも出せなかった。
幻は儚い。それはきっと現実の風を送り込むだけで簡単に消えてしまう。
彼はだから、何も出来ずにその姿を瞳に映していた。


すると小さく少女が動いた。
誰よりも感じ慣れたその気配。
白い空間の中でささやかな衣ずれの音が響く。



「…吾郎、なのか…?」









ラブ・パレード47








少女の問いかけにも目の前の男は動かなかった。
まるで幽霊でも見たかのような表情で少女を凝視している。
瞬きも、呼吸さえも忘れているかのようだった。
少女は青年の方に歩き出した。
縫い上げたばかりの傷跡の為に早くは動けない。
右足を軽くひきずりながらもなんとか歩いていく。
そうして青年の目の前に辿り着くと、高い位置にあるその顔を見上げた。
「そうか、桐野が連絡したのだな。…すまない。お前には連絡するなと頼んでおいたのだが…」
青年は答えない。
「さきほど縫合がすんだんだ。出血は多かったが、見た目より大きな怪我ではなかったから大丈夫だ。
入院もせずに帰れることにもなったし。だから…」
青年はやはり答えない。
「本当にすまなかった。…また、お前に迷惑をかけてしまったんだな」
青年はそれでも答えなかった。
瞳を見開いたまま、目の前の少女を呆けたように見下ろしている。
少女は眉を寄せた。
そうして不安そうに青年の顔を覗き込む。
「…吾郎。大丈夫か…」
その時。ふいに青年が右手をあげた。
ひどく緩慢な動作で少女の頬に触れる。
「………な」
思いも寄らなかった行動に少女は言葉を失った。
みるみるうちにその頬が赤く染まる。
「な、なにを…」
「…居る…」
ぼそりと落とされた言葉に少女は目を丸くした。
「何を言っている。当たり前…」
「…ここに、居る…」
今度の言葉は喉から絞り出されるかのようだった。
そうして少女の頭に自らの額を乗せる。
「…生きとる…」
「………」
硬直したまま動けない少女の髪を、何かがぱたりと濡らした。
あたたかなそれは額に落ち、少女の頬をも濡らしていく。
少女は目を見開き、眼前の青年の服を見た。
この体勢では顔を見上げることすら出来ない。
しかし今はそれでいいと思った。
瞬くと潤んだ瞳から何かが零れそうだったので、少女は瞳を見開いたまま服の主に向けて応えた。
「…うん」


懐かしい声。
本当は、会いたくて会いたくてたまらなかった。



「心配をかけて…ごめん…なさい」







前夜W








「前夜X」へつづく










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