「ラブ・パレード42」

<4月の独白V>



「希望ちゃんが事故にあった」

桐野が告げた言葉が頭の中で木霊する。


「今は手術中だ。…覚悟だけはしておいてくれと言われた」







ラブ・パレード42









心臓の音が五月蝿かった。
頭にまで響くほどに、その音は激しい。
目の前が暗くなる。
世界が切り離される。


ああ。これは覚えがある。
自分が16歳の時。
何も出来なかった。
守れなかった。
残る悔い。
孤独になったことよりも将来の不安よりも、何も出来なかった自分への激しい憤り。



友達になった子供。家族になってくれた子供。
自分を救ってくれた少女。



嘘だろう。

はは、と擦れた声が洩れた。


希望はまだ16歳だ。
まだ若い。子供といって良いほどの年齢。
たった、16。


初めて会ったときはまだ幼稚園で、それこそちんまりとした子供だった。
小さな身体で、それでも偉そうにふんぞり返っていた姿を今でも思い出すことができる。

あの時の希望は小さいくせに格好よかった。
ひたすら格好良くて驚いた。
お節介を焼いて再会し、そうして子供にそっくりな藤堂玄隆に出会うことができた。
藤堂玄隆も希望もまるで時代劇に出てくる武士のようだった。
もしくは子供の頃によく見ていた、昔の戦隊もののヒーローのようだった。
時代錯誤で世間からは浮いている。
それでも格好良かった。
彼らは自分をヒーローとは思っていない。
だけれどそうであろうといつも思っているようであった。
それも人の為などではない。
自分自身があろうとする、「心」の為に。


赤谷吾郎という少年は驚いた。
中途半端な自分とは全く違う。だからこそ惹かれた。
こんな風に世界を見れたらどんなに素晴らしいだろう。
そう思った。

藤堂家は古武術の流れを汲む武家だった。
すでに道場は閉鎖していたが、藤堂玄隆は自分を弟子としてくれた。
たくさんのものを学んだ。
たくさんの時間を共有することができた。
二人は当初の想像通り変わってはいたが、それでも自分は二人のことが好きだった。


しばらくして突然藤堂玄隆が亡くなった。
自分が残された希望をひきとることになり、そうして家族としての生活が始まった。

希望は自分に恩を感じているようだったが、自分にしてみればそれは不思議なことでしかなかった。
面倒を見ているつもりはない。
むしろ自分の方が世話を焼いてもらっていたぐらいだ。
子供をひきとったのも感傷でも同情でもない。
ただ大事な友人である希望と一緒に居たかっただけのことだったので、ある意味自分勝手なことをしたともいえた。


いずれ子供は大人になる。
そうして自分の元を出て行くことはわかっていた。
それは自然の摂理として当然のことだ。
魚も鳥も猫も犬も。皆、そうしている。
そうなった時は自分も子供を笑顔で見送ろう。
希望をひきとることにした時にそう決めていた。
友達として。
そして―家族として。



友達で家族。
それはとても素晴らしいことだった。
友達として尊敬していたし、家族として大切だった。
それに違う感情が混じり始めた時に自分は戸惑った。

子供はいつの間にか女になっていた。


男としての感情は実に自分勝手なもので、それは今までのものとは微妙に違っていた。
これは駄目だと自分は思った。
この感情は大切な友達で家族でもある子供を傷つけることになる。
それだけは嫌だと思った。
友達で家族。
それで充分じゃないかと思った。思い込もうとした。
気づくことさえ怖かった。


だけれど感情は溢れ出て、結局は希望を追い詰めてしまった。
子供は、無愛想なくせに優しい子供は恩人のために自分自身の気持ちを偽った。
それはとても悲しいことだった。
傷つかなくてもいいことで傷つくことになってしまった子供。
ごめんな、と自分は言った。
迷わすようなことをしてごめん。
子供は違う意味として受け取ったようだった。
それでもいいと自分は思った。





「吾郎。お前、希望ちゃんがはじめて泣いたときのことを覚えているか」
ひどい静寂の中、桐野の声だけが響いてくる。
「16歳になったと言ったんだろう。…お前、希望ちゃんがどうしてそんなことを言ったのか考えたか?」
てのひらの中で小さな携帯が滑りそうになった。
知らず手が震えている。
声を出そうとするが出来なかった。頭が働かない。
「これが最後かもしれない。あの子も人間なんだ。…真理子さんのようにいつ消えてしまうかわからない」
あたりは静かだった。
聞こえてくるのは自分の呼吸の音と幼馴染の声。
桐野は都内の病院の名前を言い、そうして最後に静かに告げた。


「…もう、逃げるな」










4月の独白V








「ラブ・パレード43」へつづく








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