「ラブ・パレード36」

<4月の独白U>




気がつけば身体が動いていた。
意識よりも先に。



手を伸ばしてその小さな身体を突き飛ばす。
それでオレンジ色の服を着た子供はあっけなく歩道に向かって転がった。
それに安堵した次の瞬間、その視界に自動車の影が映りこんだ。


―これは。


妙に時間がゆるく流れるのを感じた。
まるで切り取られた写真をめくるかのように。
奇妙なほどに、ゆっくりと。
その状況も景色も、ひとつひとつが鮮明に見ることが出来た。
だからこそ思った。


―駄目だ。避けられない。





ラブ・パレード36



嫌だな、とその瞬間思っていた。
瞬きする間もない程のその時間。
それでもやっぱり嫌だった。


死んでしまったら、おそらく「自分」という意識は消えてしまう。
だからこそそれは嫌だと。
ただ、切実にそう思った。


何故ならそれは「会えなく」なることだ。
何故ならそれは「声を聞けなく」なることだ。
何故ならそれは「笑顔をみれなく」なることだ。



それに、なにより。

…自分の中から「赤谷吾郎」という男の記憶が消えてしまうことが、嫌だった。




嫌だ。
だから思った。

私は死ねない。死にたくなんてない。
約束をしたのだ。
いつか必ず会いに行くと。
いつか胸を張って…心の底から幸せになったと言える時がきたら会いに行くと。

そのときもしかしたら私には子供がいるかもしれない。
吾郎にだって家族がいるのかもしれない。
だけどそんなことは関係なくて。
素直に相手の幸せと…自分の幸せを喜べるときがきたら会いに行くのだと。

約束をしたのだ。
そう。
それが今の自分に出来る恩返しだと思ったから。

お人よしな男に愚かな自分が出来る、精一杯の恩返しだと思ったから。

あいつのためにも。私は全力で幸せにならなければならない。
だから、だから…。
私は、こんなところで死ぬわけにはいかない。

だって私はまだ何も返せていない。
何も。
何ひとつとして。


だから、私は…。




交差点に車のブレーキ音が激しく軋む。
何かが破壊される音。
誰かの悲鳴と子供の鳴き声。



4月の空に、歪んだ四重奏が響き渡った。





















4月の独白U








「ラブ・パレード37」へつづく


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