「ラブ・パレード33」

<返答>




自分のたったひとつの願いを。
…どうしようもない、我侭を。






ラブ・パレード33








「ええよ、何?」


希望はその笑顔を見て、泣きたくなった。
ああ、この男はやっぱり何もわかっていない。
わかっていないから、私が何を告げようとしているのか知らないから、こんなに無条件に笑顔を見せてくれるんだ。


親の、保護者の。
そして後見人としての、なんの見返りも求めない笑顔。


自分のしようとしていることはその笑顔を失うことなのだろう。希望は思った。
今、自分が想いを告げても、吾郎にとって得るものはひとつもない。
なぜなら吾郎の感情は自分の感情とはまったく違うものだからだ。


…きっと困るのだろうな。

希望はずっと考え続けていた。

…困って、お人よしの男だから…もしかしたらこの感情を受け入れてくれるのかもしれない。
自分の感情を偽って、私と共に生きてくれるのかもしれない。

それは以前から思っていたことだ。
だが、それは吾郎にとって本当の幸せなのだろうか。
その答えはどう考えても否でしかなく、だからこそ希望は何も言わずに出て行くことを決めたのだ。


…だったはずなのに。


それはわかっていた。
理解もしていている。


…でも。


すまない、と希望は思った。
私は本当に我侭だ。我侭な子供だ。
それでも望むことはたったひとつで、それを手放すのがたまらなく嫌だということにようやく気がついた。
気づけたのだから。


だから告げた。
自分のたったひとつの願いを。
…どうしようもない、我侭を。




「……」
希望の言葉を聞いてしばらく、吾郎は呆気にとられたような顔をしていた。
が、やがて苦笑を浮かべて首を振る。
そうしてゆるゆると口を開いた。
「…お嫁さん?」
「ああ」
頷くと、吾郎はどこか照れたように頭をかいた。
困ったようなものがそれに混じり、琥珀色の瞳が細められる。
「そうかあ。なんや、お前可愛いところあるやんか。あれやろ?
アタシ大きくなったらお父さんのお嫁さんになるーってやつやろ?うん、嬉しいわ。ありがとうな。
でも俺お父さんって年やないからちょっとだけ複雑かも。な、それ、どのくらい前の話なん?」
「……」
希望はそんな吾郎を見上げたまま動かなかった。
視線すら動かさず、男の瞳を見る。
もう逃げない。そう決めていたから絶対に逸らさない。
自分の想いを伝えるまで、逃げたりしない。
「…今」
「へ?」
「今も…この瞬間にだって、ずっとそうだ」
「…は?」
「お前なんて、馬鹿で、鈍感で、お人よしで、うるさいだけなのに…」
「の、希望。ちょっと待て。お前なんか変やぞ…」
「吾郎」
希望は吾郎の瞳から目をそらさなかった。
冗談に思われることははじめからわかっていた。
だけど、もう決めたのだ。
だからこそ希望は正直に自分の気持ちを伝えることにした。
飾り気も色気もない、愚直な言葉。
だけども彼女の「想い」を詰め込んだ言葉。
「願い」を詰め込んだ言葉を。


「私では駄目だろうか」
「…へ?」




「私ではお前の嫁に…伴侶になれないだろうか」










しんしんと夜は流れていた。
ただ、静かに。
密やかに。




真摯な瞳をした少女は、青年の瞳をみつめたまま動かなかった。
青年は、そんな少女の瞳に捉えられたまま動けなかった。






やがてその静寂をやぶったのは青年の方だった。
彼は言った。
少女の想いへのこたえを。
単純であまりにもあっけない、その一言を。




「…それは、できない」



まるで吐き出すように。投げ出すように。

まるで何かを…振り払うかのように。











返答








「ラブ・パレード34」へつづく





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