ラブ・パレード

「ラブ・パレード0」

<プロローグ>





「あれ、先生」

その声に高林は振り返った。
天気の良い日だった。風こそ冷たいが空は高く晴れ渡っている。
「先生も来てくれてはったんですか」
声の主はそう言って屈託なく笑った。
そうして狭い石造りの階段を造作もなく登ってくると高林に頭を下げる。
「お久しぶりです」
「ええ。赤谷さんもお墓参りですか」
高林も笑って立ち上がった。
きちんと整備された墓地には薄く線香の匂いが立ち込めている。
赤谷と呼ばれた喪服の男は軽く笑んだ。そうしてゆっくりと頷く。
「はい。……今日は命日ですんで」
「おや、その花は」
高林は男の手にしている花に目をやった。
この季節、およそ墓前に供えるには似つかわしくないような花だった。
小さく可憐な花びらは薄桃色をしている。
「師匠と……希望が、一番好きな花なんですわ」
男はさらに笑み、そうして墓の前に膝まずいた。
柔らかな色の花を供えると灰色の墓前が急に華やいだように見えた。
「そうですか。うん。とても綺麗ですねえ」
高林も微笑んだ。
たしかに自分が持ってきた菊の花などよりもずっと、似つかわしいような気がした。


男は目を閉じて手を合わせる。 彼が黙ると昼間の墓地には粛々とした静寂が訪れた。
それでも鳥の声がやわらかく響いていて、心地よい静けさのように高林には思えた。


きっとこの墓の主も男の来訪を喜んでいるのだろう。
そう思うと、知らず笑みがこぼれた。


……あれからもう、4年が経つ。




プロローグ




4年という年月は短くはない。

だから今目の前で静かに目を閉じている男の顔も幾分変化してきているように感じた。
赤谷はもともと実年齢より若く見られる青年だった。
しかし今は、それに精悍さが加わってきたように思える。
……たしか今年で33になるのだったか。 そう思うと時の流れの早さをしみじみと感じた。
自分も年をとるわけだ。知らず苦笑が洩れる。
「ん?先生、俺の顔になんかついてますか?」
「いえ、そんなわけでは……」
高林はあわてて笑みを押さえた。誤魔化す様にこほんと咳払いをする。
それを見ると男は屈託なく笑った。
「なんや俺もまだまだイケますかね?」
「ええ勿論。男は30からですよ赤谷さん」
そう返すと今度は声をあげて笑う。
「先生は相変わらず優しいなあ。……実は、そんな先生に報告したいことがあるんですが」
男は立ち上がり頭をかいた。
相変わらず明るい笑顔を浮かべているが、その顔にかすかに照れのようなものが混じる。
「……俺、遂に来年に結婚できるかもしれんのです。プロポーズして返事待ちではあるんですけど」
「え……」
男はちらりと墓を眼で示した。
「それで今、報告やらなんやらを済ませたんですわ」
「そ、そうですか……!それは、おめでとうございます!」
その意味を理解し、高林も満面に笑みを浮かべた。
ようやくと思うと感慨もひとしおだった。
「何か照れますわ。ええと、ありがとうございます」
「……きっと藤堂先生も……それに、希望さんも。喜んでいることでしょう」
墓石を見ながらそう言うと、男は笑みを浮かべたままさらに頭をかいた。
「それならええんですけど」
「そういえば、今日は未来の花嫁さんは一緒に来てはいらっしゃらないのですか?」
ぜひお会いしてみたかったな。
そう言うと男は嬉しそうに笑む。
「実は後から来る予定なんです。なんや用事があるとかで」

男は本当に幸せそうに見えた。
彼が抱える苦悩や過去を高林は昔から知っている。
だからこそ今の彼を心の底から祝福したいと思った。
あれからいろいろな事があったのだ。
高林にしてみれば子供のような年齢だったころから彼はたくさんのものを亡くしてきた。
だからこそ、今の幸せそうな様子を見ているだけで純粋に嬉しく思えた。
そしてそれはきっと、この墓の主も同じはずで。


その瞬間二人の前を一陣の風が吹きぬけた。
そうして男の供えた薄紅色の花の欠片が盛大に舞いあがる。
それと共にいっそう良い香りが辺りを包み込んだ。

「……」
男は嬉しそうに舞い上がるそれを見上げる。
そうして子供のように微笑んだ。


高林はその横顔を見ながら、まるで誰かが彼を祝福しているかのような光景だと……そう思った。






プロローグ






「ラブ・パレード1」へつづく





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