魔女と使い魔

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(2)


「どういうことだ!」

 マリーの話を聞いて驚いたレイヴンは、木陰でうたたねしていた魔女にむかって噛みつかんばかりに叫びました。

「この村の奴らがまるごと嘘をついているのでなければ、俺はいつの間にか数百年もの時間をすっ飛ばしていることになる。この野郎、どういうことだ!」

魔女をぎゃあぎゃあとわめく鴉にねむたげな視線を送ると、面倒くさそうな声を出しました。

「その通りだよ、数百年も経っちまったんだ。そのあいだお前はあたしがずっと封印していたのだからね」
「なんだって」

 レイヴンは唖然として目の前の魔女をみやりました。レイヴンは記憶の底を探ります。意識が途絶える前に最後に見たのはこの魔女の姿でした。白くながい髪をどろどろとしたもので真っ赤に染めた魔女は恐ろしい力を使いました。
ほとんど魔力などない、ただの無力な小娘とあなどっていた彼はそれに捕らわれました。それは誰もが思ってもみないことでした。いえ、考えていたのは九九人の者だけでした。彼らは今やただの赤い塊になってこの世のものではなくなっておりました。
直前まであなどっていた相手の力にレイヴンは驚愕しました。彼の知るあらゆる万理の力とも違うそれを逃れる道はなく、精霊たちの力もそれを破ることはできないようでした。
彼は直接目の前の少女を壊そうと手を伸ばしますが、なんらかの力でそれは阻まれました。少女は、いえ、魔女は紅茶色の瞳を怒りで赤く染めて彼をみつめておりました。赤は彼の嫌いな色でした。子供の頃の彼は醜い赤毛でしたから、それを思いだすからでした。
白い、ふわふわとした髪を持つこどものことをそのときふいに思い出しました。そのときに苦笑したことも思い出しました。そうしてそれきり、彼は意識を失ったのでした。

レイヴンはぎりぎりと嘴を鳴らします。

あれから、まさか数百年もたっていようとは。

目の前の魔女はほんの年若い少女に見えます。しかしどうやら自分が想像しているより年老いているのでしょう。そして、想像しているより力を持っているのでしょう。しかしそれは、あのときの不可思議な力を思うとそれは納得できるような気がしました。

「……アムドゥシアスやヴァラク達はどうした」
 レイヴンの押し殺した声に、魔女は淡々と答えました。

「この世界に過度な力はいらないんだよ」

 その答えで十分でした。その瞬間レイヴンは魔女を引き裂くために襲いかかろうとしましたが、やはりそれは叶いませんでした。そう思った瞬間、喉にはめられた輪がぎゅうと狭まったのです。激痛とともに鴉の細い喉は圧迫され、彼は鴉の身体のまま地面をゴロゴロと転がりました。そうして、レイヴンが魔女に対する殺気を消さない限り、輪はいつまでも狭まり続けるのでした。

 魔女は平坦な視線を苦痛に転がり続ける鴉に向けます。そうしてぽつんと誰にも聞こえないような声でつぶやきました。

 「だから……もいらないんだ」



(3)


 ジョンと村の若者たちが荷車にいっぱいの食糧や日用品を積んできたのはもう日暮れ間近のことでした。ジョンは相変わらず木陰でうたたねしている魔女と、そこから大分離れたところでぶすっとしている鴉の姿をみとめて首を傾げました。お昼と違って、鴉の艶やかな漆黒の羽や身体がぼろぼろに汚れ、羽も幾枚もちぎれていたのです。

「あれまあ、西の魔女様、使い魔様、何があったんだべ」
「うるせえ!」

 鴉が不機嫌そうに答えます。とにかくひどくいらいらとしているようでした。
 ジョンは少しばかりおろおろしながら魔女と鴉を交互に眺めます。

「ええと、頼まれてたものを荷車に積んできたんだがどうするべか」
「あたしはパンがあればいいよ。この袋にあるだけのパンを入れてくれ」

 魔女があっさりと答えて、ジョンに大きな麻袋を渡します。ジョンは困ったように鴉を見ましたが、鴉が何も言わないでそっぽを向いているので、言われたとおりに麻袋にパンを詰め込みました。

「世話になった。ではな」

 西の魔女はじつにあっさりとしたものでした。ジョンに袋を受け取って金貨を渡すと、さっさと杖に腰かけて空に浮かんだのです。そうして鴉を一瞥することもなくさっさと家路についたのでした。

 レイヴンはそれを横目に見ておりましたが、西の魔女のあまりに自分の存在を無視した態度に頭から湯気が出るほどの怒りを覚えておりました。ふかい紺の色と紫の色が溶け込む夕闇にぽつんと浮かぶ少女は、やはりこちらを振り返りもしませんでした。

「か、鴉どん、どうするべか」
「うるさい、もういい!」

 レイヴンは叫ぶと、その漆黒の翼をばさばさと動かしました。

「あいつがそういうつもりなら俺はこのまま出て行ってやる。あのクソババアめ!」

 ぎゃあぎゃあと叫んで、西の魔女と反対の方向に飛んで行こうとしたレイヴンでしたが、しかし途中で輪っかに喉を絞められてぽとりと落ちてしまいました。
 くそ、とレイヴンは思いました。あの魔女はレイヴンのことなどこれっぽっちも必要としていないのです。そのくせ自分の手元に置いてはおきたいのでしょう。それがなんのためなのかはちっともわかりませんが、彼の矜持を傷つけるには十分でした。







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