蛇というものは冬眠する生き物です。
ですから、人間に似た身体をもつ紫はともかく赤坊と青坊にとってもそれは避けて通れない出来事でありました。
「ほら、つめたい雪がふってきそう。おまえたちも一刻も早く冬眠しなければならないよ。さあ、はやく穴におはいり」
紫の声に、まだまだちいさな蛇の仔たちはきゅうと声をあげました。
「姐さん、でもおれは心配でさあ。冬の間姐さん一匹っきりになっちまうんだから」
赤坊と青坊は蛇五衛門の塚前に掘った穴から顔だけをちょこんと出しておりました。そうしてその前に座っている紫をみあげます。そんな二匹に、紫はちいさく笑ってみせました。
「大丈夫だよ。冬の間は獣たちも眠っているのだから、危ないことなんてあまりないもの。それにね、時貞さまとお前たちはわたしがちゃあんと守るから、安心してぐっすりおやすみ」
紫はそういって、ちいさな蛇の仔たちの頭を指の先で撫でました。それはあんまりにもやさしくてあたたかくて、赤坊と青坊はさらに寂しくなってしまいました。
「……むらさき様、おれたち、やっぱり冬眠しなくてもよいです。むらさき様と一緒に起きてます。たき火の傍にずっといれば凍えて死ぬなんてことはないと思うし」
青坊のことばに、しかし紫は首を横にふりました。
「それはだめ。おまえたちは蛇だもの」
それは小さな声でしたが、きっぱりとしたものを含んでおりました。
「にんげんや蛇骨族より寒さには弱いのだもの。冬のかみさまの摂理に逆らっては生きていけないのだよ」
赤坊と青坊はきゅうと項垂れました。紫はその前にちんまり座ったまま、やさしいこえで二匹に語りかけます。
「おまえたちはやさしい仔だから心配してくれてありがとうね。でもね、安心して大丈夫だよ。そうだ。おまえたちがゆっくり眠れるように、冬の間は毎日こもりうたを歌ってあげる」
「ほんとうですか」
青坊にむかって、むらさきはにっこりしてみせました。
「うん。それにね、春になったら、おまえたちが起きてくる頃になったら、たくさんたべものを用意しておいてあげる。おにぎりに、ぼたもちに、ふきのとうにつくし、おさかなもとっておこう。春にはたくさん食べ物があるのだからね」
「わあい」
赤坊が嬉しそうな声をあげました。
そのとき、空の上からちらちらと白いものが降り出してきました。ついに冬のかみさまが本格的に働きだしたのです。
「ふわあ」
蛇というものは寒さによわいものです。赤坊は傍らの青坊に身を寄せると、おおきなあくびをひとつしました。青坊も赤坊に身を寄せて、こちらはひかえめなあくびをします。
「さあ、おやすみ。また春にね」
「うん。むらさき様、おやすみなさい」
「姐さんおやすみ」
二匹はきゅうとお返事をして穴の中に頭をひっこめました。紫は用意をしておいたきれいな落ち葉をそのうえにかぶせます。
しんと静かになった蛇塚の前で、紫は空を見上げました。白いものはきれいに空から舞い降りてきます。それは冬の間しずかにふりつもり、このあたりの景色を白一色に染め上げてしまうはずでした。
生き物の眠る、しずかな季節がやってくるのです。
白い景色の中で紫はひとり、蛇塚の石に背中をくっつけるようにして座っておりました。紫は冬の間そこにいることに決めたのです。
「嬢ちゃん、ここは寒いだろう。冬の間だけでもおれんち来るか? おれの結界の中に居れば嬢ちゃんくらいの妖気ならほかの奴にばれねえと思うぞ」
「ありがとう。でもいいんだ。わたしはね、ここで三匹を守らなきゃ」
ほんのたまにやってきてくれる総麻呂のそういってくれましたが、紫は首を振り続けました。
「それにね、時貞様のこの石あったかいんだよ。どうしてかなあ。総麻呂、なにかしてくれたの?」
「いんや。どれどれ……ああ、ほんとうだ。ふしぎなこともあるもんだなあ」
石に手を当てたまま不思議な顔をする総麻呂をみあげて、紫はおずおずと言いました。
「……もしかしたら、もしかしたら時貞様があたたかくしてくれているのかもしれないね。あのかたは蛇骨族をずっとまもってくれていた、ほんとうにお優しい方だもの」
「……そうかもなあ」
「うん」
紫は嬉しそうに頷きます。
そうしてほんのりあたたかい蛇塚に身を寄せ、はにかんだようににっこりするのでした。
冬になると、白いへびの森にはやさしい歌が流れます。
それはへびのための子守唄。
蛇骨婆のうたう、「へびのためだけ」の子守唄なのです。