「サプライズ・サプライズ:前篇」 |
あと1週間でマコトの誕生日だ。
サプライズ・サプライズ
「というわけでみなさん、アドバイスをお願いしますっ! 」 休憩時間、裏庭に集まった「勉強会仲間」の面々に向かって、神崎久弥は勢いよく頭を下げた。 「で、これは気持ちっす! 」 朝コンビニで購入してきた袋菓子のつまった袋を真ん中の地面にどすんと置くと、目の前で笑い声が響いた。 「ああ、神ちゃんもすっかり彼氏っぽくなっちゃって〜。凄いね、よっ彼女もち!リア充! 」 「いやいやそんなこと……二ノ宮、もっと言って! 」 「神ちゃんリア充! 」 「おう! 」 「リア充爆発しろーっ! 」 「いいね、その罵りすら心地よい! 」 「うっざ……」 右隣で司がぼそりとつぶやく。袋から取り出した菓子を、もう一人の勉強会の参加者である藤堂に渡しながらうんざりと続けた。 「誕生日ぐらいではしゃぎすぎだ。だいたい相手はマコトだろ……なんか適当なものでいいだろうが」 司は相変わらずマコトと仲が悪い。いや、はたから見ると仲が良いようにも見えるのだが、お互いに対する扱いは半端なく適当だった。 「また野の花でいいんじゃないか。ほら、そこに生えてるだろ」 「お前、そんな適当なことを! 」 久弥はぐっと拳を握りしめる。 「そりゃあだな、これまではそういう感じだったけどだな、今年は「彼女」なんだぞ! もっとこう、記念に残るような、おしゃれなものを……なあ、藤堂は何をもらったら嬉しい? 」 大きな菓子袋を開けようとしていた友人に話を振ると、藤堂はその大きな瞳をぱちぱちとさせて首をかしげた。 「……うーん、今は園芸用の肥料が欲しい。少し庭の梅の木の元気がないからな」 「じゃあ決まりだな。マコトには肥料やっとけ」 「いやいやいやいや」 藤堂の明後日の返答に司が乗っかったので、久弥はあわてて手を振った。 二ノ宮はその様子を見ながらげらげらと笑い転げていたが、やがて目の端を拭いながら口を開く。 「神ちゃんはさあ、今まではマコトさんにどんなものをあげていたのさ。まずはそれを聞かせてよ」 たしかに、と頷く面々を見渡して久弥は首をひねった。 マコトはほとんど生まれたときからの幼馴染である。 晴れて「恋人」というものになれたのはほんの少し前で、記念日などそこまで考えたことなどなかった。 「に……」 「に? 」 「肉まん、とか……かぶとむしの抜け殻とか、割れたビー玉とか、ねりけし半分とか……」 「ゴミだな」 「いや、犬丸。肉まんだけはゴミではない」 「そうか。すまんかった」 「……お前らひどすぎない? 」 久弥はがっくりと肩を落とした。 しかしこうして考えてみると確かにプレゼントとして渡していいものではない気がする。なにしろマコトは女の子なのだ。これまでの自分はなにをやっていたのだろうと其方のほうでも愕然とする。 「いや違う……俺ってひどかったな……」 「でもマコトさんは喜んでいたんだろう? 」 「……うーん」 久弥はコメカミに指をあてた。 喜んでいたんだろうか。記憶があやふやで思い出せないが、嫌がられてはいなかった気がする。 差し出すプレゼントをマコトは受け取って、そうして机の中の小箱にしまっていた。もしかしたらそのあと捨てていたのかもしれないが、少なくともその場で嫌な顔をすることはしなかった。 そういうと藤堂はこくんと頷いた。 「マコトさんは本当に神崎のことが大切なのだな」 「……お前はまたそんな恥ずかしいことをサラリと……」 司が呆れたような目を藤堂に向ける。 しかし久弥にはその言葉が胸に響いた。そしてさらにぐうっとしたある感情が溢れてくる。 それは最近とみに溢れてくるものだった。 「あーやばい。マコトに会いたい。いますぐ会いたい」 「ウザい……」 「そういえば神ちゃん、予算はいくらぐらいなの? おしゃれなものっていってもピンキリだよ? そりゃあブランドものとか貰ったら嬉しいかもしれないけどー」 「ええとだな、ご、五千円ぐらい……? 」 「安っ」 司の言葉に久弥はぎくりとした。なにしろ「彼女にプレゼント」などはじめてなのだ。相場など何もしらない。おそるおそる口を開く。 「や、やっぱり安いのか……」 「あたしはそう思わないけどな〜。そういうわんちゃんはリコさんに何をあげてたの? 」 二ノ宮の言葉に、今度は司がぐっと詰まった。 「なんで姉さんの話が出てくるんだ」 「えーいいじゃん」 あくまで二ノ宮には悪意はない。それを知っている司は、しぶしぶと言った様子で答えを返した。 「子供のころは、花を……あとは花柄の折り紙とか動物のキャラクターのついたペンとか、そういうものを」 「……犬丸は意外に可愛いのだな」 「……だねー。わんちゃん可愛い」 「ツンデレだなあ」 「うるさいぞお前ら」 司は怒りを抑えるような声を出したが、すぐにそっぽを向いて言葉をつづけた。 「まあ、姉さんはなんでも喜ぶ人だから参考にならない」 「リコさんも可愛いな」 「萌えー」 「萌えー」 「……藤堂と二ノ宮は許すが神崎はやめろ」 なにやら殺意すらこもった声音に、久弥はあわてて頷いた。義理の姉であるリコの話は司にとって急所でもあるのだ。 そのとき藤堂が口を開いた。 「……神崎、マコトさんもリコさんと同じだと思う」 「え? 」 藤堂はきちんと正座をした姿勢のまま久弥の目をまっすぐに見てきた。 「何をもらっても嬉しい。多分、その気持ちが嬉しい。人間というものは、好きな人が自分のために何かを考えてくれることこそが嬉しいのだと思う」 「だねー」 藤堂の言葉にうんうんと二ノ宮が頷いた。 「プレゼントの真理だよ。とくにマコトさんは神ちゃんにぞっこんラブみたいだしねえ」 「……そうかな。でもなあ、俺としては彼氏として、もっともっとものすごく喜んでほしいわけだよ」 「うん」 「今までのプレゼントもしょうもなかったし。今度こそマコトの欲しいものを、こっそり買ってプレゼントしたいんだよ」 「そっかー」 久弥にとってマコトは大切な幼馴染だった。それこそ男女の違いなど関係ないほど大切な友達だった。一緒に居るのが当たり前で、心地よくて、お互いに「一番」な存在だった。 それが今や「女の子」としても好きなのだ。これは久弥にとって大変なことだった。 言うならば「好き」の最上級。それをうまく示す術を、久弥は持ち合わせていなかった。 だから今度の誕生日はチャンスなのだ。 自分がどれほどマコトを好きか、大切なのか。それを示す最大のチャンスなのだと久弥は思っている。 するとしばらく黙して久弥の顔を見ていた司が、その端正な口元をきれいに綻ばせる。 そうしてこう言った。 「なら、こういうのはどうだ? 」 「サプライズ・サプライズ:後編」 「ガラス越しの距離」へ戻る 2012・1・29 |