「僕の太陽:48」<箱庭からの開放> |
俺は昔から知っていた。 姉さんが「弟」の俺しか必要としていなかったことも。 その理由も。 それでいいと思っていた。 あの時。 俺が火事で入院している時に姉さんが零した涙は本当に暖かかったから。 遠い高校の寮に入ることになったのも、俺のことが嫌いだったわけではないことを悟ったから。
僕の太陽48
俺は姉さんのことが好きだった。 そうして、それが「姉」としてではないことに気づいてからは、「弟」である自分の立場にひたすら苛立っていた。 「弟」でよいと思ったのは自分自身だったのに。 馬鹿げた嫉妬を繰り返した。 だけど俺は知ることが出来た。 「男」として見てもらえなくても、俺が姉さんにできることはたくさんあるということを。 だから「弟」でいようと思った。 そうすれば姉さんは俺を必要としてくれる。 俺をずっと必要としていてくれる。 好きで、いてくれる。 それなら「弟」でいい。 「弟」で構わない。 姉さんが俺を「男」として見ることができないことはわかっていた。 俺は「弟」で、姉さんにとっては「居場所」だった。 姉さんはずっと気づいていないようだったが、俺はとうの昔に気づいていた。 姉さんは無意識のうちに鎖を俺にかけていた。 そうっと箱に閉じ込めて鍵をかけていた。 いつからかなんて覚えていない。気づいた時には俺は完全に囚われてしまっていた。 俺は知っていた。 知っているくせに、俺はその鎖に囚われた。 その鎖は飴細工で出来ているように甘くて、そうしてとても脆いものだった。 少し力を入れればその鎖はばらばらにほどけるしまうほどに。 その箱はぺらぺらに薄くて、鍵も壊れてしまっていた。 簡単にその箱庭からは逃げ出すことが出来るほどに。 俺はそれすらも知っていた。 知っていていて、鎖を解く事も箱を壊すこともしなかった。 それは俺の意思だった。 「弟」でいいと思った。 それで姉さんが笑っていてくれるなら、幸せでいてくれるなら。 自分の手に入らなくても側に居れるならそれでいいと。 だから俺は自分の意思でそこに居た。 鎖を壊すことも扉を開けることもしなかった。 姉さんは俺のために高校を辞めた。 一生懸命働いて、養ってくれていた。 俺と一緒に居ようとしてくれた。 すべては俺が「弟」だったから。 それだけの理由で自分の全てを投げ出して養ってくれた。 馬鹿げている、と俺は思う。 そんなことで自分の生活も人生も投げ出すなんて馬鹿げている。 姉さんはほんの少し外に目を向ければよかったのだ。 そうすれば気づいたはずだった。 いや…赤谷という男に惚れた時点で既に気づいていたかもしれない。 「弟」なんて居なくても「居場所」は作れるということに。 それがたとえ、無意識でも。 それなのに姉さんは「弟」の手を放すことはしなかった。 「弟」を見捨てることもしなかった。 それは姉さんの優しさなのだろうと俺は思う。 そうして馬鹿みたいにお人よしの姉さんは、俺を利用していたのは自分だと、今でも頑なに信じている。 真実は違う。 利用していたのは俺のほう。 本当に姉さんを利用していたのは…俺のほうだというのに。 「弟」でもかまわない。 「弟」でも良いから、なんだって良いからただこの人の側に居たい。 そう思っていた。 思っていたから姉さんの思いを利用した。しようとした。 それなのに姉さんは気づいてしまった。 俺が「男」で、ひとりの人間でしかないということに。 気づかなくてもよかった。 もう永遠に気づかなくても良かったのに。 ごめんね。 今までごめんね。 姉さんは泣きながらそう言って、俺の鎖をばらばらに解いた。 箱庭の鍵を外して、天井の蓋を開けた。 姉さんは俺を「男」として見たからこそ、「俺」を解放することを選んだ。 それは多分、「犬丸司」というひとりの人間のために。 馬鹿で、愚かで、無神経のくせに。 そのくせ…だれよりも強くて優しい姉さんはその道を選んだ。 「…もう自由に生きて…いいんだよ」 気づいてしまった姉さんが、自分自身を責めることもわかっていた。 俺を利用して閉じ込めてしまっていた。 そう気づいた姉さんはもう俺を閉じ込めない。 俺を縛るようなこともない。 そうして俺を…必要とすることもない。 自分が「犬丸司」にしてきたことに対する罪悪感が強いからこそ、もう「俺」を求めない。 「男」としての俺を求めない。 求める自分を許さない。 俺はずっと「男」として見て欲しかった。 しかしそれは別れを意味していた。 姉は目に涙を溜めたままそれでも微笑んで男を送り出す。 箱庭の外へ。 そうして解き放たれた男は考える。 箱庭の外、別たれた二つの道の上で男は考える。 ――姉との…「犬丸梨子」との、永遠の別れを。
箱庭からの開放
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