「僕の太陽:41」

<居場所>





リコは思っていた。

自分はずっと「司」という存在に依存していたのだ。
「弟」だから。
「家族」だから。
それは詭弁にすぎなくて、ただこの人と一緒に居たいだけだった。
そう。
「居場所」が…この世界での居場所が欲しいだけだった。
だから「弟」という言葉を利用した。
それだけだ。
それだけだった。


それなのに司は言ってくれた。
「太陽」だと。
それはどんな言葉より胸に痛く響く言葉だった。

リコは泣きたくなった。
まっすぐな想いが胸に痛い。
最低なのは自分自身だった。
だからそんな綺麗なものは受け取れない。
それなのに戸惑った。自分の中に芽生え始めているものがそれに反応した。



…わたしが受け取る資格なんて、どこにもありはしないのに。










僕の太陽41








桜井正美は苦笑を浮かべた。

隣の後部座席に座っている女性は目に見えてぼんやりとしていた。
いつもはこの自動車に乗り込むたびにがちがちに緊張して背筋を伸ばしているというのに、今日は視線を下に落としたまま微動だにしない。
「リコさん。大丈夫ですか?」
声をかけるとリコははじかれたように顔をあげた。桜井を見て慌てたように首を振る。
「は、はい。大丈夫です」
「そうは見えませんよ」
桜井はさらに苦笑して見せた。
リコは頬を赤くして困ったように視線を落とす。その様はまるで途方に暮れているようにも見えた。

元来、桜井は元来人の世話を焼く方ではない。
他人は他人。自分にとって大切なのはただひとつのことだけで、他の事はどうでも良いと思っていた。
26歳となった今では少しは丸くなった方だが、それでも自分の懐にあるいくつかのもの以外には興味がない。
しかしこのリコという女性には恩がある。
さらに言えばこの途方もなくお人よしの女性を彼は尊敬すらしていた。
だから彼女には出来るだけ柔らかな声を出した。
いつもの彼を知るものなら「気持ち悪い」と言うだろう程の優しい声。
しかしこの女性にはそうさせるほどの理由があった。
微笑んでリコを見おろす。そうして言った。
「司くんは、貴女のことが好きなのですね」
「……!」
リコの頬がさらに赤く染まった。形の良い耳までが熟れたトマトのように真っ赤になっている。
「それにしても太陽とは…かなり情熱的だ」
先ほど出会った少年の、真剣なまなざしを思い出す。彼女のことを太陽といった少年はそうして彼に頭を下げた。
するとリコが小さな声でつぶやいた。
「太陽って…」
「はい」
「…お父さんが、良く言ってくれていたんです」
リコの父親のことは桜井も知っていた。
さらにいうと「調べさせた」のだから過去にあった具体的なことまで良くわかっている。
彼女の父親の末路も。すべて。
「……父の、口癖だったんです」
「そうですか…」
「リコとお母さんは僕の太陽だよって……一番大切だよって……でも、父は私を迎えに来てはくれませんでした。
私は……おとうさんを待っていた。だから、一緒に連れて行って欲しかった。
どこにだって。おとうさんと一緒ならどこにだって……」
ぽたりと水滴が落ちた。
桜井は俯いたままのリコを見る。リコの肩も声も、小さく震えていた。
「…お父様と一緒に、死んでしまいたかったんですね…」
桜井の言葉にリコはこくりと頷いた。その拍子にぽたりぽたりと雫が零れる。
「でも結局、父はひとりで行ってしまいました。私を残して。……約束、したのに。絶対迎えにくるって……」
「……」
「わたしはひとりになったんだって思いました。お父さんに置いていかれたんだって、お父さんのことを恨んだりもしました。
でも、そんなときに司くんが言ってくれたんです。わたしが家族でよかったって。わたし、それが嬉しくて嬉しくて…す、救われたような気持ちになって…」
「……」
「司くんの姉として生きるならここに居てもいい。存在しててもいいって、そう、誰かに言われたような気がしました。
わたしはだから、司くんのお姉ちゃんで居たかった。司くんがご両親を亡くして、ひとりになって、わたしが司くんをひきとることにしたのも優しさとか、ご両親へのお礼だとか、そんな綺麗な話じゃないんです。
わたしのエゴで…勝手な行為で…」
ひくりとリコはしゃっくりあげた。
俯いたままの顔をうかがうことは出来ない。しかし子供のように彼女は泣きじゃくっていた。
「司くんの姉で居たかった。わたしの居場所は、そこだって、ずっと思ってたから。
でも司くんはそうじゃなかった。た、太陽だって…言ってくれた…」
でも。リコは途切れそうな声で続けた。
「わたしは司くんを利用していたんです。自分の居場所が欲しくて、司くんの姉でいようと思った。
ずるくて弱い人間です。ずるくて、汚い…」


「リコさん…」
桜井は驚いて隣の女性の姿をみつめていた。
そうして思った。


彼女の傷は彼が考えていたよりもずっとずっと…深いものだったのだ。





居場所






「僕の太陽:42」に続く



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