「僕の太陽:40」<救いの言葉> |
おとうさんが死んだ。 さっき、お世話になっている犬丸のおじさんにそのことを伝えられた。 リコは布団の中で丸まって、そのことをじっと考えていた。 死んだ。死んだ。 自分で、海に飛び込んで…死んでしまった。 迎えに来るっていったのに。 だから私はここで待っているって言ったのに。 ……うそつき。 ……うそつき。うそつき。 瞳から冷たいものが流れていくのがわかった。頬を伝い、顔を押し付けている枕の中に吸い込まれていく。 声は出せなかった。 おじさんやおばさんが心配する。 だから、大声では泣けなかった。 悲しいそぶりも見せてはならなかった。 うそつき。うそつき。 お父さんのうそつき。 ひとりにしないって言ったのに。 太陽のように大切だって言ってくれたのに。 おかあさんも死んで、おとうさんも死んで……もうわたしには何もない。 もう、たった、ひとり。 ……ひとりきりなんだ。
僕の太陽40
司の家がにわかに慌しくなったのは「太陽」のおじさんと会ってすぐのことだった。 その時の司はまだ7歳で、その慌しさの理由を説明されなかったし、それを推測することもできなかった。 ただわかったことは両親がその理由を「あえて司には説明しない」ということだった。 何があったのか聞いても教えてくれなかったし、自分の前では両親は何事もなかったように振舞っていた。 その慌しい時期に、両親がふたりきりで旅行に出かけたことがあった。 リコと司だけの留守番はこの時がはじめてで、司は「子供だけの時間」にわくわくしていた。 テレビを夜遅くまで見ていても叱られないし、お風呂に入る時間も好きにしてよいのだ。 しかしそれも時間が経つにつれて心細さへと変わっていった。両親とこんなに長い時間離れているのは初めてだったのだ。 ひとりで風呂に入り、洗面所で歯も磨いた。しかしいよいよ寝るときになって司は寂しくてたまらなくなってしまった。 「…おねえちゃん」 だから司は隣の布団にころんと横になった姉に声をかけた。 「…一緒に寝てもいい?」 リコは大きな瞳をぱちぱちとさせた。しかしすぐにふんわりと笑って頷いてくれた。 「司くんと寝るなんて久しぶりだねえ」 リコは嬉しそうにしている。リコの布団に入った司はその台詞になんとなく恥ずかしくなった。 小学校2年生になるのだからこれからはひとりで寝る。2年生に進級するときに断言したのは司自身だった。両親も姉も凄いねと褒めてくれた。それなのに。 「おとうさんとおかさん、どこに行ったのかなあ」 司は照れ隠しにつぶやいた。 「ふたりっきりで旅行なんてずるいよ」 「……」 するとリコはほんの僅かな時間だが黙りこんだ。そうしてぽつりとつぶやいた。 「……うん。ごめんね…」 「…?別におねえちゃんが悪いわけじゃないよ」 そう言うとぼんやりとした明かりの中でリコが困ったように笑うのが見えた。 「……。司くん、もう寝ようね。明日も学校だもんね」 「うん」 司は素直に頷き、そうしてそろりとリコの方に身を寄せた。 昔みたいに抱きつきたいけども、もう2年生なのだからそんなことはできない。 それでも少しだけ触れるあたたかな体温が心地よかった。ふんわりとリコから香る甘い匂いは懐かしかった。 司は心の底から安堵した。 太陽。リコのことをそう呼んでいた男の人の気持ちがわかるような気がした。 「僕、おねえちゃんが居てくれてよかった」 だから思わず「気持ち」が唇から滑り出た。 それは司の真実のことばだった。 なんの打算も垣根もない、真実から生まれたことば。 「…おねえちゃんが僕のカゾクでよかった…」 リコは答えなかった。 もう寝ちゃったのかもしれない。司はそう思い、慌てて瞳を瞑った。 あたたかな体温はひたすらに優しい。それに誘われるように急速に意識は揺らいでいった。 小さな小さな泣き声が、優しいまどろみのなかで聞こえたような気がした。 ・・・・・・・・・・
救いの言葉
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