「僕の太陽:33」

<司の返答>






リコには好きな人が居た。
素敵な、素敵な人だった。

・・さながら、リコにとっては「太陽」だった。








僕の太陽33










口に出した後の後悔は計り知れないほどだった。
膝の上に置いた手が震える。心臓が激しく打ちすぎていて頭までぐらぐら沸騰するようだった。

目の前の弟は瞳を見開いて硬直している。
それはそうだろう。
それほどまでに自分の質問は突拍子もないことだった。
リコは慌てた。
「ご、ごめんね司くん。う、え、ええとね、あのね、わたし、考えたの。つ、司くんがね、あのときどうしてあんなことしたんだろうって・・。」
「・・・。」
「ずっと、考えてたの。わからなかったけど、なんか、違うような気もするけど、その、キ、キスは・・き、姉弟でするものじゃないから・・。」
「・・・。」
「・・・そ、その・・。」
「・・・何を。」
慌てるリコの目前で司が呆れたような溜息を吐いた。片手でその顔を覆い、そうしてさらに息を吐く。
呆れきったようなその様に、リコはびくりとした。
ああ、もう、やっぱり違ったんだ。なのにわたしったら何て失礼な質問をしてしまったんだろう。


「あ、あはは・・そ、そんなわけないよねえ。わ、わたしったら、何を言ってるんだろうねえ・・。」
「・・いまごろ何を言っているんだか・・。」
「ご、ごめんね。さ、最近いろいろ考えすぎちゃってよくわからなくなっちゃって・・。」
「まさか気づいていなかったとはね。いや、姉さんだもんな。当然か・・。」
「う、うん、ごめんね。か、勘違いしていたみたい・・。ご、ごめんね、今のは忘れて・・。」
「好きだよ。」
「ご、ごめんね、そんなわけないのにね・・って・・え?」
「俺は、姉さんのこと好きだよ。」


今度はリコが呆然とする番だった。思わず瞳を挙げて弟のそれを見る。
司はすでに驚愕から回復しているようだった。
いつものような冷静な表情のままリコをひたとみつめていた。


考えて、考え抜いた挙句ぶつけてみた質問だった。
だけどもしっくりとこなかった。
そんなわけない。ありえない。
そう思っていたからこそ司自身の口からそれをはっきりと否定して欲しかった。
それなのに。
・・これは。

「・・か、家族として・・?」
「違う。」
絞り出した言葉ははっきりと否定される。
司の瞳は揺るがなかった。ただ、それはひたすらに静かなものに見えた。
先ほどの驚愕も、この前まで顕著に見えていた苛立ちも、そこにはない。
リコは竦む。言葉は出なかった。
肯定されるとは思わなかった。だから肯定されたときのことを考えてなどいなかったのだ。
司はそんなリコをしばらく見つめていたが、やがて小さくつぶやいた。

「俺はしつこいんだ。」
「・・・。」
「俺は・・たぶん、ガキの頃から姉さんだけを見てた。姉さんしか見ることができなかった。」
「・・・。」
「認めるのが嫌だった。そのくせ姉さんが他の奴を見ていることが嫌だった。子供の嫉妬だよ。格好悪い。本当に。」


リコは呼吸をするのも忘れて司をみつめていた。
目を逸らす事はできなかった。
司はふと、小さな笑みを浮かべた。
「姉さんが俺を男として見れないことは知ってる。」
「・・・。」
「家族で、弟。姉さんは俺を・・それ以外には見ることが出来ない。」


家族。
そう。わたしはそれが欲しかった。
司くんがそれを与えてくれた。
だからわたしはここまで来れた。
お父さんを亡くしたって、優しい人たちを亡くしたって、立っていられた。
「家族」が、居たから。
そうだよ。
そう。
・・でも・・。


「だけど俺は姉さんのことを女として見ている。これでも一応諦めようとしたんだ。だがどうやらそれは無理だと、ようやく悟った。」

リコは何も言えなかった。言葉なんて何ひとつでてこない。

「だけど、これからも別に俺の感情は気にしなくていい。」

澄んだ低い声が流れていく。
静かに、静かに。

「姉さんのことだから気にするのかもしれないけど、もういいんだ。姉さんには姉さんの恋愛がある。俺は姉さんのことが好きだけど、だからといって、もう・・どうこうしようという気はないから。」

目の前の「ひと」は続けた。


「気味が悪いかもしれないけど、あと1年、「弟として」一緒に居させて欲しい。・・あの時、同じ質問をしただろう。そのときも、そういう意味だったんだ。」


司の瞳はひたすらに静かだった。
揺るがない綺麗な瞳。
リコはそれを見たまま呆然としていた。

静かな居間に時を刻む音だけが響く。
しばらくしてリコは瞬いた。
なんとかして声を絞り出すと、それはかすかすに乾いていた。
「・・司くんは、それで、いい、の・・?」
「もちろん。」
「・・・。」
「・・朝食、食べてもいいかな。」
「う・・う、うん・・。」
リコは慌てて頷いた。
そうしてトーストに齧りつく司を見ながら泣きそうになった。
何故なのかはやはりわからない。




だけども視界がゆらゆらと揺らいで、その姿がかすんでみえた。











・・・・・・・・・・





司の返答








「僕の太陽:34」に続く





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