「僕の太陽:17」<犬丸 司> |
再会は唐突に訪れた。 しかも最悪の形で。 司の家は火事で全焼した。 両親はそれが原因で亡くなった。 秋の夜。空気が乾燥している夜中のことだった。 原因は台所からの出火。 事故だったのだろうと警察は言った。 幾分古くなっていたコード。その側に重ねてあった新聞紙。 1階に寝室のあった司の両親は煙にまかれ、運ばれた病院で亡くなった。 2階に居た司だけは助かった。 運が良かったのか悪かったのか。司にはわからなかった。 今でも夢に見る赤い赤い景色。 そうしてそこから引き上げてくれたのはリコだった。
犬丸 司
謝る、ということは至極簡単なことのようで、至極難しいことだった。 悪いことをしたら謝る。 子供の頃は当たり前にできていたことが今となっては何よりも難しいことになっていた。 少なくとも司はそうだった。 子供の頃、姉にひどいことを言った。 再会したときはそれどころではなく、姉もそのことに触れたこともなかったのでそのままにしておいた。 謝りたかったが謝れなかった。 まあいい。そのうちにそう思った。 姉にとってはどうでもいいことなのかもしれない。そうとも思った。 そう考えることで自分自身を守っていた。 あのときのような思いを、もうしたくはなかった。 リコが出て行ったあのとき。 リコが考えていることなど司にはまったくわからなかった。 家族なんだから当たり前でしょう? リコはいつだってそう言う。嬉しそうに、まるでそれに縋るかのように。 リコは家族を欲しがっていた。司はそう思っていた。 ならばどうして・・あの時出て行ってしまったのだろう。 どうして。 聞きたくてならなかった。教えてもらいたくてならなかった。 けれどあのときの拒絶は司には堪えた。 もしもあの時のことを蒸し返して、またリコの表情が強張ってしまったら自分はどうすればいいのだろう。 嫌われたんだろうか。 自分はリコにとって要らない存在なのだろうか。 では自分はどうすればいいのだろうか。 じりじりと痛む胸の感覚を、もう二度と思い出したくは無かった。 高校になって本格的にバイトを始めた。 バイトを始めると世の中のことが少しずつ見え始めた。 初めての女性はバイト先で知り合った女子大生だった。 女子大生はなかなか好みの顔立ちをしていたし、なによりも彼氏が居た。 誘惑してきたのでつきあった。本命の彼氏が居るというのが良かった。 あと腐れがないのがいい。 そのころになると司は姉のことが嫌でならなかった。 言葉も、仕草も、存在も。すべて。 側に居るだけで苛々したし、リコが赤谷という男のことを口に出すたびに腹がたった。 そのくせリコがいないと落ち着かない。 何故かと考えて行き着くところはいつも同じだった。 それを否定したくて、あちこちに手を出していた時期もあった。 適当に遊び、自分の若さを発散した。 特定の相手を作ろうとしたが出来なかった。 相手が独占欲を出してくると適当に別れる。それが自分の性に合っているのだ。そう思った。 それでもいつも目の前にちらつくのはたったひとりの顔で、それを認識するたびに司はどうしようもない焦燥感にかられた。 他の誰かを好きになることなどできなかった。 あかりと別れ、夕日の中を家路につきながら司はじっと考えていた。 ひとまず、謝ろう。そう思った。 リコはきっと悲しんでいる。そんな確信があった。 今朝は苛立ちのまま感情をぶつけしまってごめん。 子供の頃のように素直に謝ろう。 謝って、それからこれからのことをきちんと考えていけばいい。 そう思うとひどくすっきりとした気分になった。 ・・しかし、結局それは叶わなかった。 夜中の24時すぎ。 リコを迎えに行こうと駅に向かおうとしていた司は、いつのまにか入っていた留守番電話の着信に気づいた。 ボタンを押すと流れてきたのは男の声だった。 『あーもしもし、リコちゃんの同僚の赤谷と言います。』 ぎくりと心臓が跳ねた。 のんきそうな関西弁。いかにも明るいその声は、しんとした部屋に必要以上に響き渡った。 『ええと、実はうちでリコちゃんと飲んでたんやけどリコちゃんべろべろに酔うてもうて動けん状態です。 服もべちょべちょに汚してもうて今洗濯しとるんで、もうこのまま俺んちに泊もうてもらおう思てます。明日リコちゃん休みやし俺が家に送っていくから心配は・・。』 そこでぶつんと録音が途切れた。 「・・・。」 静寂の中、司は携帯を持ち替える。 電話をかけなおそうとし、しかし途中で電源を切るとベッドにそれを放り出した。 携帯電話はベッドにバウンドして壁に当たり、そうしてごろごろと床に転がる。 しかしそれに視線を向けることも無く、たった今着込んだジャケットも無造作に投げ出した。 そうして自身もベッドに倒れこむ。 じりじりと、胸が痛んだ。 ・・好きな男の家に泊まりかよ。 これはリコにとってはチャンスだ。そんなことはわかっている。 ・・ああ、良かったじゃないか。 誰も居ない家でしんとした音が耳につく。 誰も、誰も居ない家。 司が考えていた謝罪の言葉は、声にすることなくするすると空気に溶けていくかのように思えた。 何の変哲の無い天井はただ白い。 それをぼんやりと見つめながら、司はふいにぼそりとつぶやいた。 「・・俺・・馬鹿みたいだな・・。」
犬丸 司
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