「僕の太陽:16」

<久しぶりの謝罪>




謝る、ということは至極簡単なことのようで、至極難しいことだった。
悪いことをしたら謝る。
子供の頃は当たり前にできていたことが、今となっては何よりも難しいことになっていた。





久しぶりの謝罪










今までの女性に謝罪などしたことはなかった。
すべてのことはギブ&テイク。そう思っていたからだ。
しかしそうではなかったのかもしれない。
女性が悲しそうな顔をしてもそれは面倒なだけだった。面倒だから見ないふりをしてきた。

「あかりちゃんと会わずに、うやむやのまんま別れるつもりだったんでしょ?」

あの変な女の言うことは正しかった。
あかりには自分は何もしていない。あかりが向けてくれていたのは純粋な好意だ。
好きになれるかもしれない。そう思った。
リコのことを忘れられるかもしれない。

リコは司が「弟」でないと一緒に居られない女だ。
「家族なんだから当たり前でしょう?」
リコがそういうたびに見えない鎖に縛られていくような気がした。
もしも自分の本音をぶつければどうなるだろう。
そう考えると、その恐ろしさに身が縮むような気がした。
リコと自分を繋ぐものはほんのささやかな「家族であった」という過去だけだった。
戸籍上、自分たちは家族でもない。
もしも相手に嫌悪され、拒否されればそれまでの繋がり。
それだけしかない関係。
リコの言葉はその意味を如実に含んでいた。
だから怖かった。
この関係を壊すことは別れを意味している。


だからあかりを利用した。
本音を見抜かれるまで、利用するつもりだった。
一ヶ月間という期限。
それもあとくされが無くて良いようにも思えた。


自分は男として最低だ。そう思うことはある。
「犬丸君はお姉さんのこと・・好き、なんでしょう?」
今朝のことだった。
あっさりと本音を見抜かれてあかりから別れを宣告された。
まあいい。
もともとあかりは遊ぶような相手じゃない。
むしろ良かった。

しかし。


「悪いことをしたならきちんと謝るのが当たり前でしょ?」


子供のような顔で実に「当たり前のこと」を言われた。
ああ、そのとおりだ。そう素直に思った。
そんなこと・・しばらく忘れていた。



日比谷あかりは大きく目を見開いた。
校門の前で自分を待っているのは今朝まで期間限定の恋人だった少年で、それにひどい違和感を覚えた。
「・・・。」
あかりは俯く。
犬丸司はひどくドライで、他人に執着を覚えない少年だった。
だから今回のことも取るに足らないことに違いがなかった。
それなのに。
「日比谷。」
「・・・。」
あかりは鞄を握り締めた。その中には手をつけられることの無かった司のための弁当が入っている。それを思うと視界が滲んだ。
「・・謝ろうと思って。」
「・・・。」
あかりは思わずぽかんとする。
よく見ると司の頭には真新しい包帯が巻いてあった。なにがあったのだろうか。
少なくとも、犬丸君らしくない。
「利用するような真似をしてすまなかった。・・・それだけだ。じゃあ。」
「待って、犬丸君!」
今にも身をひるがえそうとしていた少年はその足を止めた。
夕日に照らされたその顔はどこか子供のようにも見えた。
「・・あたしはやっぱり悲しい。」
そういうと司の表情に困惑の色が広がる。
あかりは大きく息を吸った。
あかりの恋は本物だった。自分ではそう思う。
だからこそ自分は変われた。
外見だけでも、好きな人に釣り合えるようにと頑張ることができた。
相手はけっこうな遊び人という噂だった。だからこそ本当の恋など知らないと思っていた。
それなら自分が頑張れば、どうにかできるかもしれない。
そう思って一ヶ月の猶予をもらった。
だけど、とあかりは息を吐く。
好きになった相手はすでに本当の恋をしていて、そうしてだからこそ自分の気持ちを偽ろうとしているだけだった。
いろんな状況に囲まれて、じたばたともがいている子供だった。
「だから、ひとつだけ言わせて。」
あかりは司の瞳を見上げた。
「・・犬丸君、お姉さんのこと・・それだけ好きなら、諦めないで。」
司は微動だにしなかった。あかりは続ける。
「あたしね、中学の時なんて本当に暗くて地味で、勇気が無かったの。」
「・・・。」
「自分なんかっていつも思ってた。でもね、そんなあたしでも勇気を出せたの。本気、だったから・・。」
毎日のようにコンビニに来ていた男の子。
とても、とても優しいくせにぶっきらぼうで不器用な男の子。
「・・・あたしに、少しでも悪いって気持ちがあるなら・・。」
あかりはにっこりと笑ってみせた。
「逃げてないで、勇気を見せて。・・そうしたら、許して上げるよ?」








久しぶりの謝罪








「僕の太陽:17」に続く





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