「僕の太陽:11」

<父との約束>





「ここでいい子に待っているんだよ。」
お父さんはそう言った。
「いい子にして待っていたら、必ず迎えに来るから。」
お父さんは嘘なんてつかない。わたしとの約束を破ったことなんてない。
だからわたしは頷いた。



大丈夫。待ってる。
いい子にしている。
お姉さんにだってなる。


だから。
だから・・。




父との約束








お父さんの痩せた顔を見上げる。お父さんは最近、ほとんどご飯を食べていない。
おなかがすいていないんだとお父さんは言う。けれどもそのあとでお父さんはどこか気弱そうな、優しげな瞳を細めてこう言った。
でも梨子は食べなきゃ駄目だよ。子供は、食べることも仕事なんだから。

お父さんが連れてきてくれた家ははじめて来る家だった。
おもちゃのおうちのような綺麗な家で、そこから出てきたのもびっくりするぐらい綺麗な人たちだった。
お父さんと年がおんなじだというのにうんと若く見えるかっこいい男の人と、綺麗な女の人。そうして、可愛い男の子がひとり。テレビで見るような綺麗な服を着ていて、それがぴったりとよく似合っている一家だった。
わたしは急に恥ずかしくなった。
わたしの着ている服は近所のひとのお古で、色だって褪せている。
もじもじと色あせのひどいスカートの部分を隠そうとしていると、お父さんは挨拶なさいと促した。しばらくお世話になるんだから。そう言った。
あわてて挨拶をすると、声が裏返ってむせてしまった。顔が熱くなる。
女の人は優しそうに笑った。女の人にくっついたままの可愛い男の子はきょとんとした顔のままわたしを見上げていた。


お父さんは男の人たちとお隣の部屋で難しい話をしてくると言った。待っていなさいといわれてわたしは頷いた。大人しく待っていると、すぐに廊下からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。顔を上げてみると、先ほどの男の子がやっぱりぽかんとした顔でわたしを見ていた。
わたしは司くんに年を聞いてみた。司くんは小さな指を4本出してみせる。
4歳。幼稚園?そういうと司くんは頷いた。桃組だよ。そう言った。
司くんはとっても可愛かった。いろいろとお話をしていると笑顔になって、にこにこと嬉しそうに笑ってくれた。

実のところわたしはとっても不安だった。どうしてここに来たのか、それすらも全くわからない状況だった。今までに居た家から逃げるように出てきてここに来た。わかっているのは、お父さんとさきほどの男の人が友達だということだけで、それ以外はまったくわからなかった。
けれども司くんの笑顔を見ているうちにその気持ちがやんわりとほぐれてくるように思えた。小さな子供の笑顔は天使だ。誰かがテレビでそう言っていたけれど本当にその通りだ。わたしは心の底からそう思っていた。

やがてお話は終わったようだった。
隣の部屋から出てきたお父さんは二人に深々とあたまを下げる。
わたしは司くんに絵本を読んであげていたけれども、名前を呼ばれてあわててお父さんの下にかけよった。急に現実を見たような気がして心臓の音が高鳴る。
そう。お父さんはこうやっていろんな人に頭を下げていた。


お父さんはわたしに言った。
お父さんは大事な用事ができたんだ。だからしばらく遠くに行く。
梨子はこの家で待っていてくれるかい?
必ず迎えに来るから。


お父さんはどこに行くの。
わたしはそう思ったけど何故だか聞けなかった。
わたしも一緒に行きたい。そう思ったけどそれも言えなかった。
だからわたしは頷いた。
必ず迎えに来るとお父さんは言った。
お父さんはわたしに嘘をついたことなんてない。だから必ず迎えに来てくれるのだ。
怖かった。
心細かった。
だけどお父さんは約束してくれた。
そう。今はそれだけわかっていればいい。
そう思って頷いた。


お父さんの表情はなぜか一瞬強張ったように見えた。
けれどもすぐにそれは消えて、いつもの優しいお父さんの顔に戻る。
そうして頷いたわたしの頭をひとつ撫でた。



「・・・梨子。司くんの面倒をよく見て、いいお姉さんでいるんだよ。」
お姉さん?
そういうとお父さんはやんわりと微笑んだ。
「そう。司くんはまだ小さいから、梨子が守っていかなきゃならない。5つもお姉さんなんだからね。それに、梨子は弟が欲しいって言っていたじゃないか。」
お姉さん。
弟。
それはまるで魔法の言葉だった。なんとなくふわふわするような、くすぐったいような、不思議な感覚。
お姉さん。お姉さん。
口の中でつぶやいてみるといっそう胸がどきどきした。
さきほどの嫌などきどきとは違う。嬉しいどきどきだった。
そうか。わたしには弟ができたんだ。
わたしは嬉しくなってお父さんを見上げる。
お父さんは屈みこんで、そうしてわたしの目線に自分のそれを合わせてくれた。
お父さんはとても優しい。
痩せてて、無口で、顔だってさっきの男の人みたいに格好よくはない。
それでもわたしはお父さんのことがとても大好きだった。


お父さんはわたしの目を覗き込む。
そうして最後にこう言った。

「犬丸たちの言うことをよく聞いて、いい子にしているんだよ。そうしてよい子でいたら・・・必ず・・必ず、迎えに来るから。」






父との約束








「僕の太陽:12」に続く





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