「僕の太陽:10」

<その影の言葉>





リコは自分のことが好きだろう。
司はそう思っていた。
そうしてその理由も司は知っていた。

「おねえちゃんが僕のカゾクでよかった」


いつか自分が言った言葉。
それを聞いてリコは泣いていた。同じ布団の中で、ありがとうとつぶやきながら泣いていた。



リコは本当に嬉しかったのだと、そう思う。
だから今度は独りになった自分を一生懸命養ってくれた。

「司くんはわたしの弟だからね。」

仕事でくたくたになっているのに、リコはいつもそう言って笑っていた。



リコは自分のことが好きだろう。
「弟」
「家族」
その・・象徴として。


だから自分は知っている。
リコが自分に望んでいることを。
いつだって笑顔の影にひそんでいる、その声を。
笑顔でリコはそれをつきつける。
多分リコだって気づいていない。
無意識のまま。だからこそそれは真実だった。
そうして司を、「司自身」を突き放す。


隠された声は言う。
笑顔で。揺ぎ無い響きで「司」に言う。



笑顔で。
笑顔で。
優しい・・声で。


・・・「弟」でない貴方なんて、わたしは・・・。






その影の言葉










「司くん・・?」
リコは驚いて近づいてくる司の顔を見上げていた。近くで見る弟の顔は本当に整っている。
通った鼻筋に切れ長の瞳。亡くなった司の両親の良いところだけをそっくり受け継いだ綺麗な顔。
その顔が何故か泣きそうに見えて、リコは思わずその手を伸ばしていた。
「・・どうしたの・・?」
顔の横につかれた両手。その間をくぐるようにして司の頬に触れると、弟はその瞳を大きく見開いた。
怒ったのかな。リコは思った。
司の彼女をはじめて見て、随分とうかれてしまった。それが弟の気に障ったのだろうか。
「ご、ごめんね、司くん・・。」
頬から手を離し、思わず子供の頃のように頭を撫でようとする。
しかしその手は大きく払われた。
「・・そういうことは、やめろ。」
司の声は低かった。本当に怒っている。リコはあわてて謝った。
「ご、ごめんね・・。」
「・・・。」


弟が不機嫌な理由も、怒っている理由も、リコにはさっぱりわからなかった。
だけどもリコにとって司は自慢の弟だった。
頭はいいし、無口だけども優しいし、運動だってできる。
ふたりきりになってからも、不甲斐ない自分を幾度となく助けてくれた。今だって2つほどかけもちのバイトをして家計を支えてくれている。
中学生のころは新聞配達をしてくれていた。
リコに内緒で新聞配達のアルバイトを始めたことを知った時、リコは嬉しさのあまり泣いてしまった。
優しい、優しい弟。
大好きな、弟。


「司くん、あの・・わたしにいたらないことがあるなら言ってね・・?」
「・・・。」
司は黙っている。リコの手を払った自分の手を身体の脇に降ろし、それを握りこんでいた。
「わたし鈍感だから・・・・。」
「・・・。」
「・・言ってくれなきゃわからないの・・。」
「・・・。」
「・・・あ、あのね・・。」
不意に司が口を開いた。
「・・言って、いいのか?」
「え?」
リコは一瞬きょとんとしたが、すぐにその表情を真剣なものにした。
「う、うん!もちろんだよ。」
「・・・嫌なくせに・・。」
「え?」
「『弟』しか必要でないのに・・?」
司は薄く笑った。まるで自嘲するような歪んだそれに、リコは目を見開く。
「嫌なんだろう?・・梨子。」
司は姉の名前を呼んだ。呼び捨てにした。
リコの顔から一瞬にして血の気がひく。
それを見ながら司は思った。

・・ああ、やっぱりそうか。あの「声」はやはり本当だった。



「・・あの・・犬丸君。」

居間から聞こえて来たあかりの声に、司は言いかけた言葉を飲み込んだ。
「そろそろ・・学校に行かないと遅れちゃうわ・・。」
「・・ああ、悪い。」
姉の顔を見ないようにして身を返す。
居間に入るとあかりが困惑したように立ち尽くしていた。
この家は狭い。もしかしたら今の会話を聞かれてしまったのかもしれなかった。
・・まあ、いいか・・。
司はあっさりと思う。
別にどうでもいいとさえ思った。



じりじりと胸が痛む。
声が、聞こえた。



・・・「弟」でない貴方なんて、わたしはいらない。









その影の言葉








「僕の太陽:11」に続く





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