■わたしのかぞく■





わたしのかぞく

3年2組 とうどう のぞみ



わたしにはおとうさんもおかあさんもいません。
わたしが小さい頃になくなったそうです。
けれどもわたしは小さすぎて覚えていません。

だからずっと、おじいさんと暮らしてきました。
むかしは古ぶじゅつのすごい先生だったそうです。
でもそのおじいさんも、去年なくなりました。

いまは、おじいさんの弟子だった赤谷吾郎という人といっしょに暮らしています。
血はつながっていません。
まったくの他人です。
詳しいことはよくわからないけれど、こうけんにんというやつらしいです。


吾郎はへんなやつだと思います。
いつも楽しそうに笑っているからです。
おじいさんはあまり笑うことはなかったので、なんだかへんなかんじがします。


そして昨日、かぞくがひとり増えました。
藤堂希望という8歳の少女は居間に入ろうとして立ち止まった。
古びた居間はがらんと広い。
縁側に続くふすまは開け放たれており、そこから差し込む日の光はいかにも暖かかった。

「……」

希望は瞬いた。
そうして、ランドセルを背負ったままそうっと縁側に忍び寄る。
ふすまは開いている。
しかし外へと続くガラス戸はきっちりと閉まっていた。

希望は縁側でそっと屈みこんだ。
背中でがちょん、とランドセルが揺れる。


……そのひだまりには、なぜか金色の毛並みの猫が寝ていた。



「それにしても不思議やなあ〜。一体どこからはいったんやろうコイツは」
赤谷吾郎は家の中を歩き回っている猫を見ながらつぶやいた。
ずいぶんと大きな猫である。
長くて太いしっぽが、大きなおしりでゆらゆらと揺れていた。

「ぶにゃあ」

声はまるで可愛くなかった。

「わからない。戸締りはきちんとしていたんだが」

希望が不機嫌そうな顔で猫を見る。
しかし、別段機嫌が悪いわけではないことを青年は知っているので,、まったく気にはならなかった。
なぜなら出会ったときも、彼が彼女をひきとってからも、ずっとかわらずこの少女はこんな仏頂面なのである。
亡き祖父の真似を無意識のうちにしているこどもは、めったなことでは笑わないという可愛くないこどもになってしまっていた。
しかしそれでも5歳のころから一緒に居ればわかってくる。
今の希望は、すこぶる機嫌がいい。
その証拠に、希望は冷蔵庫を漁っている手を止めて吾郎に問いかけてきた。


「……吾郎。猫はどんなものを食べるんだろう」
「魚やないか? 」
「魚はないんだ。今朝のアジの開きが最後だった」

吾郎は立ち上がった。
猫はあとからついてくる。

「ぶなー」

希望のうえから冷蔵庫を覗き込んだ吾郎は、あごに手を当ててううむ、と唸った。

「……たくあんに納豆に卵。あとは調味料……なんちゅう侘しい中身やねん……」
「お前の給料のせいだって、桐野が言ってた……」
「あ、ひどい。まったくそれをいうなや〜」

言葉とは裏腹に、青年は呆れたように自分を見上げる子供の頭に手を置いてからからと笑った。
そうして戸棚をみやる。

「せや。減塩にぼしがあったんやないかな」
「ぶにゃあ〜」

猫は、なにかもらえるであろうことを察知したようだった。
吾郎と希望のまわりをぐるぐると回りだした。

「にぼし……にぼし……。あ、あったで! 」

吾郎はにぼしのパックを戸棚から取り出した。
そうして、じいっと自分を見上げている子供の視線に気づいてにんまりと笑う。
不機嫌そうな顔だが、希望はどうやら猫が非常に気になっているらしかった。
そんな子供の手ににぼしの袋を手渡す。

「ほら、あげたり」

希望は大真面目な顔でうなずいた。
まるで重大な仕事をまかされたかのようにきりりとした顔でしゃがみこむ。
そうして用意しておいた皿の上ににぼしを出そうとした瞬間のことである。

「ぶにゃあ」

猫は食べ物を見て非常に興奮したらしい。
希望に思い切り飛びつき、その反動で小柄な少女は台所にごてんと転がってしまったのであった。



「……だ、大丈夫か? 」
「……笑いをかみ殺しながらいうな……」

むっつりとした希望の言葉に吾郎はあわてて口元を引き締めようとする。
しかしすぐに堪え切れずにげらげらと笑い出した。

「あははははは! なんやお前、まるでダルマみたいやったで。……あははははは! 」
「……」

少女は今度こそ本当に不機嫌な表情になった。
しかし側でにぼしを食べ終わった猫が可愛くない声をあげると、猫をそっと抱き上げて少しだけその頬を緩めた。



「それにしても」

吾郎はビールを片手に猫に目を移した。
にぼしを食べてひとまず満足したらしい猫は、居間をうろうろと歩き回っている。
希望はその様をじっと見ている。
おそらくは触りたいのだろうが、猫の意志を尊重しているところが希望らしくておかしかった。

「えらい人に慣れとる猫やなあ〜。あ、これは駄目やで」

するりと吾郎の膝の上に乗ってきた猫は、今度はつまみであるスルメを狙ってきた。

「少しぐらいあげてもいいじゃないか」

希望が諌めるように声を出す。
青年はそれに、チチチ、と指をふって見せた。
「い〜や、駄目やねん。猫にとってスルメは毒なんや。塩っからいし、消化も悪い」

希望は目を丸くする。

「そうなのか」
「そ。お前も猫の生態について勉強していったほうがええなあ。これからかぞくになるんやから」

そうあっさりと言って吾郎は笑う。
そうして猫の毛並みを優しく撫でた。





かぞくがひとり増えました。
吾郎が名前をつけていいというので、わたしが考えました。
名前は「きなこ」としました。
毛の色がきのう食べた、きな粉もちの色に似ていたからです。
おなかも白いので、本当にきなこもちみたいなのです。
それを聞いて、吾郎はやっぱりげらげらと笑いました。
本当によく笑うやつです。

でも、悪くないと思います。


わたしと、吾郎と、そしてきなこさん。


このさんにんが、わたしのかぞくです。



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