「ラブ・パレード52」

<エピローグ>





その少女は桜の花が好きだった。
綺麗な薄紅色の花。

今の季節にそれを見ることはほとんどない。
しかし少女はどうしても匂い桜が欲しかった。
花屋を回って10件目。
ようやく見つけたいっぱいのそれを腕に抱えて歩く。
季節はずれの花。


どうしてもそれが欲しかったのには理由があった。




―もうすぐ師匠の命日やろ。「ご挨拶」に行こうかと思うんやけど。

そう言う男の顔はいかにも照れくさそうだった。
少女はきょとんとする。 ご挨拶。
オウム返しに問うと男はごほんと咳払いをした。

―その、あれだ。師匠にとってはお前は大事なお孫さんなんやし。ほれ、俺が、ごほん。 …きちんと許してもらえるように挨拶をせんとな。



照れながらとんでもなく恥ずかしいことを言う青年の言葉を思い出して、少女は頬を赤く染めた。
大量の桜の花に赤い顔を隠すようにして少女は歩く。
大切な大切な思い出の花は秋の日差しの中でもやさしい色をしていた。



まったく。少女は思った。
許すも許さないもない。
鈍感な男は未だに気づいていないのかもしれないが、祖父は男のことを認めていた。
今となってはよくわかる。

だからこそ、「自分の孫」を託したのだ。




少女は腕の中の花に目を落とした。
あれからもうじき4年が経つ。

ふと、笑みが零れた。



…私はようやく「20歳」になる。










エピローグ







「それにしても、赤谷さん」
高林は空に舞う花を見ている男に向かって笑って見せた。
「4年ですか…。よく我慢されましたねえ」
「うん、ほんまです。あいつには自覚っちゅうもんがないからほんまに生き地獄みたいなもんでしたわ。
なんせ同じ家に住んでるんですから俺の逃げ場はないわけです。そういうときにはですね、心を無にして素数を数え…って先生何を言わすんですか」
男は大げさに驚いた風に笑う。
高林も笑いながらあえてさらりと言ってのけた。
「まあ、私も男ですからねえ」
「高林先生も好きですね」
男ふたりは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「ああ。でもそのくらいにしておかないと藤堂先生に叱られてしまいますね。
赤谷さんも藤堂先生にお孫さんをもらう許し得る為に来たのでしょう?」
高林の言葉に男はしまったと言わんばかりの顔で墓石に両手をばちりと合わせた。
「し、師匠、すみません。いや、でもこれだけは誓って本当です。まだ手は出してません。いや、ほんまに!」
その慌てふためいた様子に、高林は声をあげて笑った。


そのとき、遥かに続く石造りの階段の下に人影が見えた。
「あれ、未来の奥さんが来られたようですよ」
「ああ、ホンマや。あれ…」
男は手を振ろうとしてきょとんと言葉を途切れさせた。
「あいつも桜を持っとる…」
どれどれと覗き込むと確かに人影の腕には薄紅色のかたまりが見えた。
高林は思わず笑みを浮かべる。
「お二人とも考えることは同じのようですね」
「うーん、用事ってこれのことやったんか。こりゃあかなり花屋を回ったんやな」
男はつぶやきながら、それでも満面の笑みで大きく手を振った。
それに気づいたのか、人影がこちらを見上げてくる。
それを認めて、男は高林を振り返った。
「俺、迎えに行ってきます。あんなに桜を抱えてたら階段が登りにくいやろうし」
「ええ」
男が持ってきた花の半分は墓石に供えてある。
そうしてその残りの半分は花束にして傍らに置いてあった。
男は笑い、傍らに置いてあった花束を手にする。
そうしてその花束を抱えたまま階段を降り出した。
やがて下に到着した男は少女の桜を手にする。
そうしてかわりに自分の持っていた花束を手渡した。
声は聞こえない。
しかしそれでもその少女の、嬉しそうな様子だけは伝わってきた。
そうして二人は何事か会話を交わす。
次いで男が、上で待つ高林に向かって手を振ってきた。
それに合わせて傍らの少女が小さく頭を下げる。


高林は笑った。
そうして振り返り、男の恩師で少女の祖父で、自分の恩人でもある人物の墓に向かって声をかけた。


「先生。よかったですねえ」


二つの影がゆっくりと階段を登ってくる。
きちんとふたり。肩を並べて。




秋のやわらかな風が吹く。

そうして薄紅色の花を祝福のように舞いあげていった。







「ラブ・パレード」:完





エピローグ












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