「僕の太陽:7」

<赤の他人>





司はそのとき14歳だった。
リコは休みで、商店街で買い物をしているところだった。
司は中学校からの帰り道で姉を見つけ、そしてそのまま買い物に付き合うことにした。
リコは嬉しそうにありがとうと笑う。そうしてまじまじと司を見ていっそう嬉しそうに微笑んだ。
「司くん、学生服が小さくなってきたね。」
「そうかな。」


司は姉を見る。いつの間にか自分の目線は姉と同じくらいになっていて、それにかすかにとまどった。
この間までは見上げているばかりだったというのに。
姉は自分のことのように嬉しそうだった。
司の顔を覗き込み、ふんにゃりと笑う。
その拍子に姉の髪の香りが司の頬に触れた。
柔らかなそれが司の目の前をふわふわと揺れる。
「男の子は大きくなるのが早いねえ。毎日毎日すくすく伸びていくね。」
「・・・。」


今まで意識したことはなかったが、姉は小さかった。
肩も、首も、司に比べるとうんと細い。
思わずまじまじと見ているとリコが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「・・別に。」
司は居た堪れない気持ちになって目を逸らした。何故なのかはわからない。
その時だった。
隣にいた姉の足がぴたりと止まったのは。


「・・・あ。」
つぶやかれた声に司も足を止める。
姉は商店街の人ごみに目を向けていた。
見る見るうちにふっくらとした頬が赤く染まっていく。司はぽかんとした。
こんな表情をする姉を、司は見たことがなかった。


そうして次の瞬間、姉は司の知らない「微笑み」を浮かべた。

「赤谷さん・・っ!」







赤の他人









「・・・。」
司は黙ったまま、その背中をみつめていた。
「・・犬丸君。あの人、知り合いなの?」
「・・・。」


帰り道だった。
一緒に帰ってもいい?そう言われて頷くと日比谷は嬉しそうに笑った。
駅前の道はいつも混雑している。
その人ごみの中、駅に向かっていく姉の姿をみかけて司は思わず立ち止まっていた。
リコはいつもの野暮ったいコートを羽織り、どことなくしょんぼりしたように歩いていた。地面に落としたままの瞳は真っ赤で、瞼も腫れている。
「・・不細工のままかよ・・。」
思わずつぶやくと、隣にいる少女が不思議そうな表情を浮かべた。
「犬丸君、何か言った?」
「・・・。」


これから仕事なのだろう。司は思った。
リコの仕事は時間が不規則で、こんな時間に出勤ということも珍しくない。
野暮ったいコートはリコがはじめてのボーナスで買ったもので、随分流行遅れの型をしていた。
リコはあまり流行に頓着しない。
リコの身体はそのコートにすっぽりと包まれ、よけいに小さく・・「儚く」見えた。
「・・・。」



「赤谷さん・・っ!」

あの時のリコの笑顔を思い出すと、ふいに自分の中に再び不可解な苛立ちが沸き起こってくるのを感じた。
嬉しそうに、嬉しそうに記憶の中の少女は笑う。

・・・馬鹿らしい。

姉はこれから仕事へ行く。
それは昨日失恋したばかりの相手と会うということだった。
そんな姉が哀れだと思う。
可哀想だとも思う。
けれども何より自分の中に湧き上がるのは不可解な「苛立ち」だった。
「・・・。」


「・・犬丸君。あの人、知り合いなの?」
司の視線を追ったのだろう。
駅に消えていくリコの後姿を見てあかりが問いかけてきた。
「・・いや。」
司はリコを見つめたまま動かなかった。
小さな小さな背中。
姉の方は弟の存在にまったく気づいていないようだった。


司は小さく唇の端を吊りあげる。
そうして答えた。


「・・赤の、他人。」













赤の他人








「僕の太陽:8」に続く





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