苦いほど甘い蜜:後編 |
包装紙を開けて出てきたのは手袋だった。 はんなりと淡い、特徴的なその青い色には覚えがあった。 姉が始めて自分で作ったマフラーの色だ。 リコはそのマフラーをいたく気に入っているようだった。 正直編み目は不恰好でいまにもほどけてしまいそうだったけれど、冬になると丁寧に洗ってはそれを使っていた。 ところが最近ぴたりと使わなくなった。 とはいえ新しいマフラーを買ったようすもなく、寒そうに首をすくめている様子を良く見かけていた。 だからその手袋の出所を推測するのは容易かった。 姉が夜更けまで起きて、何かをしているのも知っていたから、その考えにはすぐに辿り着くことができた。 その時胸に迫ったのは、おそらくは純粋な感情だった。 あたたかさで身体がいっぱいになって、声もろくに出せない。 申し訳ないという気持ちが半分、しかしそれ以上に目の前の姉への不可思議な感情が湧き出てくるのをぼんやりと理解していた。 それは最近、姉に対して頻繁に感じるもの酷似していた。 しかし司の手にあったものは、他ならぬ姉の手によって奪い取られた。 呆然としている間に姉はそれを隠す。 そうして、顔を真っ赤にしたままその存在をなかったことにしようとした。 姉が自分の為に使ってくれた時間も想いも、すべて。 司は何も言えなかった。 それが欲しいと駄々をこねる年齢ではなかったし、そんな風になかったことにしようとする姉にも腹が立った。 多分姉は、司が着けている手袋の主に遠慮したのだ。 しかし司にとって、姉からのプレゼントは自分で思っていた以上に嬉しいものだった。 手袋が欲しかったわけではない。 それなのにひどく嬉しかった。 その嬉しいものを、司は一度は手にすることが出来た。 司の所有物になった。 それなのに奪い取られた。 他ならぬ、姉の手によって。 クラスの女子に貰ったそれは1年後には合わなくなった。 だからクリスマスのプレゼントは何がいいと姉に尋ねられた時、司は言った。 「手袋が欲しい」 そのころには司は新聞配達のバイトをしていたから、自分で買うことも出来たのだけれども、どうしても、「それ」が欲しかったのだ。 「うん、わかった」 姉は満面の笑みで頷いた。 しかしその年に姉から渡されたのは高級そうではあったが市販のものだった。 司の欲しかったそれではない。 落胆する司の前で、しかし姉は満足そうに微笑んでいた。 「クリスマスだからね、少し奮発してみたんだよ」 姉にとっては自分の手作りより市販の方が価値があるようだった。 だから嬉しそうに、自信満々に司にそれを与えた。 司は何も言えなかった。 本当なら1年前の時点で素直に言えばよかったのだ。 それなのに小さな矜持が邪魔をした。 それはわかっている。だから司にも非がある。 だけれど、腹が立った。 自分の価値も司の感情も。 何も分からない姉に。 だから距離を置くことにした。 姉と一緒に居ることは嬉しかった。 それ以上に苛立ちを覚えることも多い。 だから自分は姉のことが嫌いだと思い込もうとした 思ったほうが、楽だったのだ。 姉は甘い。 糖蜜のように甘くて、すぐに司を虜にしてしまう。 それなのにその甘さの奥には苦さがあるのだ。 ……刺すような痛みと、共に。
苦いほど甘い蜜
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