「僕の太陽:5」

<姉の悩み>





実のところ、リコは悩んでいた。
そうして気づいてもいた。

・・苛々する。
そう言った時の弟の瞳は冷ややかだった。
そうしてその瞳は司が時折リコに向けるものでもあったからだ。







姉の悩み







距離を置くだけではない。
言葉数が少なくなるだけではない。
ふいに司がみせる冷たい瞳にリコが気づいたのはいつのことだったのだろう。


「やっぱり・・嫌われているのかなあ・・。」
言葉にするとよりいっそう胸が重くなった。
司はリコにとってたったひとりの弟で、今やたったひとりの家族だ。
嫌われるのはやはり悲しい。
「でも・・。」


嫌われる原因ならいくつも思いつくことが出来る。
何をしても鈍臭くて、うまく出来ない。
気も弱いし、頭の回転だって遅いから喋るのだって苦手だった。

そんな自分を、小さい頃の司は笑顔で助けてくれていた。
大きくなってからは随分無愛想になったけれど、それでもやっぱり優しい子だと思う。

・・司くん、大丈夫だよ。わたしがなんとかするからね・・!


5年前に自分が言ったことを思い出すと今でも顔が熱くなる。
結局自分でできたことなどほとんどなかったことをリコは知っている。
たくさんの人に助けられてきた。
もちろん、当の弟にもだ。
そんな情けない姉を、いい加減弟が見放したとしても仕方がないことだろう。




はあ、とため息を吐く。
一人の部屋にそれは虚しく響いた。




「・・いつまでうじうじしているんだよ。」
二年前程のことだった。
いつものように職場で起こった他愛のない事を話していると、司がそう口を開いた。
「姉さん、その男のことが好きなんだろ。さっさと行動に移せばいいじゃないか。そいつがフリーになったんなら、今がチャンスだろ。」
リコはびっくりして司を見た。
司はリコと目をあわさず、テーブルに並んだ食事を見ながら淡々と箸を動かしていた。
「・・つ、司くん、どうしてわたしが赤谷さんを好きだって知ってるの・・?」
「誰にだってわかる。そんなこと。」
弟はかすかに苛立っているようだった。普段の司は感情を露にする事が少ない。
それだけに、いっそう驚いていたことをリコは覚えている。
「・・で、でも・・。」
「なんだよ。」
リコは手にした茶碗に目を落とした。
考えていることをそのまま言葉にすることが苦手なリコにとって、それはひどく難しいことだった。
「赤谷さん、彼女さんと別れて本当に辛そうなの・・。そんな時にわたしが自分の気持ちを押しつけて赤谷さんを困らせるなんてこと、出来ないよ・・・。」
言葉にすると自分の気持ちはひどく陳腐に聞こえた。
これではただの「いい子」というやつだ。
しかしリコは自分がそうでないことを良く知っている。
そう。ただ自分は好きな人を困らせたくない。・・嫌われたくない。
想いが通じることより、嫌われることの方が怖い。
それを言葉にしようとしていると、司が箸を置いた。
やや乱暴に置かれたその音が部屋の中に響く。
司はリコを見た。
その時の瞳がひどく冷たいものであったことをリコは覚えている。
「・・・馬鹿じゃねえの。」



それから2年後、リコは一世一代の決心をした。
リコの想い人はその頃にはすっかり元気になっていた。
彼女はいない。風の噂にそれを聞いて心が弾んだ。
今なら、もしかしたら。
かすかな期待を抱いた。



・・しかし結果は、あえなく玉砕。


「本当、わたしって駄目だなあ・・。」


きっと司は呆れているのだろう。
せめてあの時に動いていれば良かったのに。
そう思っているのかもしれなかったし、不甲斐ない姉に、踏み切れなかった弱い姉に、嫌気がさしたのかもしれない。


「・・これじゃあお姉さん失格だ・・。」





姉の悩み








「僕の太陽:6」に続く





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